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村人Aの異世界叙事詩  作者: ユッケ=ビビンバ
第六章 善と悪の詩〜決戦、七つの美徳編〜
113/121

第113話 戦う理由

 ―――身体が、震える。

 恐怖によるものか、はたまた心を奮い立たせるための武者震いか。……今は、後者であることを信じたい。


 目の前には、道化の面を付けた小柄で太り気味の男が立っている。

 顔を突き合わせるのは二度目だが、あの時とは纏う空気が違う。

 ただ後ろ手を組んで立っているだけなのに、まるで獲物を狙う巨大な爬虫類の風格がそこにはあった。


 その周囲には、同様の面を付けた道化たちが落ち着きなく動き回りながら控えている。

 筋骨隆々な者、長身痩躯な者、幼子のような風体の者、腰が直角に曲がった老人のような姿の者。老若男女あわせて四十は下らないか。

 彼らもまた、血を啜りたくてたまらないようで、その姿は洞窟の天井に蠢く蝙蝠を彷彿とさせる。


「改めましテ―――」


 目の前の男が声を上げる。同時に、体が無意識に身構えてしまう。

 それを嘲ってか、仮面に貼り付いた道化の口角がより深く吊り上がったように見えた。


「ようこソ、おいでくださいましタ。ご存じの方モ多いかとは思いますガ、まずは自己紹介ヲ。

 ワタシは“七つの美徳”幹部の一人。人にハ、“節制の徳(テンパランス)”ト名乗らせてもらっておりまス」


 その男は自己紹介を済ますと、深々と頭を下げる。

 ゆったりとしたその所作は、これから戦闘を始めるとは思えないほど隙だらけだ。

 だが、それでも攻め入ろうとは微塵も思えない。仮に突撃したとしても、奴に傷一つ付けられるイメージが全く湧かない。


「さテ、挨拶も程々にしテ……。お察しかとは存じますガ、ワタシの役割は侵入者の排除―――すなわチ、アナタ達の()()でス」


 頭を再び上げた瞬間、仮面に隠された口から『抹殺』という言葉を出したその瞬間、ドス黒い殺気がまるで暴風になったかのように自分たちの体を威圧する。

 不覚にも萎縮してしまったことを悟られたのか、周りにいたピエロ共が一斉に笑い出す。

 甲高く、野太く、しわがれた笑い声の大合唱は不協和音となって、不安をさらに煽る。


「サア、それでは始めま―――」

「お待ち下さい、座長」


 今まさに戦闘の火蓋が切られようとしたその時、“節制テンパランス”の傍らに控えていた女のピエロが待ったをかけた。

 銀の髪に、褐色の肌。その特徴から、双竜大戦の折にケイロン達と戦ったという女ピエロだということを把握する。


「……なんですカ、イルザさン? 今、トテモ良いところだったのですガ」

「申し訳ありません。しかし正義(ジャスティス)様からの言伝にございますので」

正義(ジャスティス)サンガ……? ……念話で伝えてこないのハ気にかかりますガ、まあ良いでしょウ。聞かせなさイ」

「それでは、お耳を拝借して」


 そのまま無防備にも耳打ちを始めた二人。

 その会話の内容はここからでは聞こえない。

 だが、一人、ヒロだけはその会話が聞こえたようで、耳打ちが終わった頃合いに節制(テンパランス)と同様の反応を示した。


「は?」

「……それは本当デスカ?」

「間違いございません」


 その言伝とやらは、ヒロにとっても、節制テンパランスにとっても想定外のことのようだ。


「おい、ヒロ。今の会話聞こえたのか? なんて言っていた?」

「……もう少ししたら分かるよ」


 質問してみても曖昧な返事しか返ってこない。

 だが、ヒロの体から闘気が抜けたことに、何かしら関係あるのだろう。

 何故このタイミングで、と疑問に思ったとき、節制テンパランスの方からその答えは出てきた。


「……センダ・ヒイロサン。そしてイリス・ハンサン。アナタ達二人はこの先に通せト、我等が主君よりお達しでス。ドウゾ、お通り下さイ」


 そう言うと、節制テンパランスは体を傾かせ、奴の背後にあったサーカステントの出口へと進むよう手で案内する。

 意外。その一言で片付けて良いものかと惑ってしまうが、それ以外の感想が出てこない。これには先程のヒロと節制テンパランスの反応も頷ける。


「どういうつもり、節制テンパランス? 生真面目なあなたがそう簡単に通してくれるとは思えないけど」

「勤勉なだけですヨ。勤勉だからこソ、上司の命令にハ絶対に服従するのでス。エエ、彼は“正義”であるからこソ、間違えるはずもなイ」

「そう。自分で判断せずに命令に従うだけなんて、怠惰なんだね」

「足りなイ頭で考えテ、背信に走るアナタに言われる筋合いハありませんヨ」


 敵の首魁―――正義ジャスティスは一体何を考えているのか? いや、今はそんなことどうでもいい。

 問題は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。


 ヒロに視線を向ける。

 彼は、既に自分のやるべきことを決めているようで、決意に満ちた目で一歩踏み出そうとしていた。

 俺は慌てて肩を掴み、それを止める。


「待ちな。そいつの言葉をそのまま鵜呑みにするのは危険だ」

「ゴウラの言う通りよ、ヒロ。ここで分断するのはリスクが大きすぎる。今は全員で協力してアイツを倒して、他の部隊と合流したうえで正義ジャスティスを倒すのが賢明よ」


 俺の意見は、アリスの台詞と一言一句同じものだった。わざわざ敵の口車に乗せられてやる必要はない。

 そうだ、最初から悩む必要なんて無いじゃないか。

 これはどう見ても罠だ。二人を誘い出して追い詰めるための罠に違いない。そう考えるのが自然だ。

 それに、恥ずかしい話だが、幹部を目の前に主戦力である二人が抜けるのは手痛い。

 英雄級(リン)がいるとはいえ、ヒロもイリスも強力なアタッカーであることに違いない。


 それでも、ヒロは止まるつもりはないらしい。

 掴んだ肩が逃れようと抵抗していた。


「ヒロ!」

「……ゴウラ、ありがとう。心配してくれて。でも大丈夫。イリスもいるし。それに、俺も俺で鍛えたつもりなんだぜ?」


 ヒロが振り向く。

 安心させるように向けられた笑顔に、俺は心臓に杭を突き立てられたような感覚を覚えた。


 ―――違う。違うんだ。

 決して、お前が心配だから止めたんじゃないんだ。

 違うんだ。

 お前が強くなっているのは痛いほど知っている。

 初めて会ったあの時より、右も左も分からないようなあの時より、一人で何もかもできてしまうことは知っているんだ。

 ああ、俺は―――


「行かせましょう、ゴウラ」

「リン……」

「コイツの実力は歴戦の戦士と互角に渡り合えるほどよ。それは武術を教えた私が保証する。やすやすと殺されるタマじゃないわよ」


 気がつけば、肩をつかんでいたはずの自身の手の力がすっかり抜けていた。

 ……そうか、無意識に理解していたのだ。

 周りから反論の弁がないということは、皆同じ気持ちなのだろう。

 だったら、俺一人が我儘を通すわけにはいかないよな。


 俺は、既に触れているだけの手を肩から離し、代わりに握り拳を作ってそれで背中を小突いてやる。


「……負けたら承知しねえぞ?」

「……勝つよ。勝って、帰ってくる」


 拳から背中が離れていく。……大きな背中だ。

 背丈は俺より低いはずなのに、どんどん小さくなっていく背中がとても大きく見えた。


 ヒロの足取りはしっかりとしたものだった。

 焦るように小走りで行くでなく、無駄に余裕をもったゆったりしたものでもなく、為すべきを為すために。

 そんな彼の後ろに遅れてイリスも同行する。

 そして、節制テンパランスの眼前を通り過ぎる。二人の視線が交差したのはその一瞬だけであった。

 その後は何事もなく、ヒロとイリスの姿が闇の中へ消えていった。

 節制テンパランスが何か仕掛けてくるかとも思ったが、これで一先ずは一安心……。

 あとは―――


「それでハ、こちらモそろそろ始めましょうカ」


 コイツを倒してもう一つ安心するとしよう……!



 ―――――――――



 ―――不意に、心配が胸の中で広がった。後ろ髪を引かれる、とはこういう事を言うのだろう。

 だが、今更後戻りするわけにはいかない。

 思考を切り替えるためにも、僕は少し前―――ゴウラたちと別れてから決めていたことを、共についてきてくれている少女に告げることにした。


「イリス」

「どうしたの? 敵?」

「いや……そうじゃない」


 走る速度を落とし、ついには立ち止まってしまう。

 その動作に合わせ、イリスもすぐ真後ろで足を止める。

 そこは三叉路の中央だった。

 少し上がった息を整え、振り返り、告げる。


「ここから先は、俺一人で行く」


 鉄面皮な彼女の眉が僅かに顰んだ。


「……理由は?」

「この戦いの目的は“七つの美徳”を討伐することと、もう一つ。()()()()()()()()()()()()()()()。イリスにはユーリ達を探しに行ってほしい」

「……それは、別行動する理由にはならない」

「そうかもな」

「本当の理由を言って」

「一応これも本心なんだけど……。まあ、今更誤魔化しても意味ないか」


 頭を掻いて不真面目を気取ってみるが、彼女の真摯な瞳に負けて、僕は一つ息を吐いてから本心を口にする。



「俺は、正義ジャスティスをぶん殴る。誰よりも先にぶん殴って、泣いて謝るまで殴り続けるつもりだ」



 多分だが、今、とても悪い顔をしている。

 何と言えば良いか……笑顔は笑顔だが、少なくとも気持ちのいいものではないだろう。

 それを聞いて、イリスも何を言って良いものなのか、計りかねているようだ。

 少しの間目を丸くした後、キョロキョロとその瞳孔が泳いでいた。


「それは……その……ちょっと意外、というか」

「もうちょっとカッコいい台詞だと思った? でもこれが俺の本当の本心なんだ。

 アイツの通った鼻頭をへし折りたい。下に見るような目を殴って腫れた瞼で塞いでやりたい。巫山戯たことしか言わない口から謝罪と屈服の言葉を吐き出させたい。それら全部を、俺が一番にやってやりたいんだ」

「……邪魔してほしくないから、別行動ってこと?」

「まあ前向きな理由としては、だけど」

「前向きな……?」

「そ。後ろ向きな理由としては……、まー、うん、()()()()()()ってこと」


 そこまで言ってようやくイリスも腑に落ちたようだ。

 ……いや、違うか。これは『納得してないけどそこまで言うのなら』って顔だ。

 顰んだ眉はさらに中央に寄り、眉尻は僅かに下がっていた。


「……そんなことにはさせない」

「うん。だから早めにユーリ達を見つけてきてね」

「……わかった。勇者候補達を連れて、絶対助けに行くから」

「そんな心配しなくても大丈夫だよ。到着する頃には、もしかしたら俺のほうが勝っているかもしれないし」

「……死なないでね」

「……うん。わかっている」

「……」

「……」


 以降、沈黙が続く。

 気持ちは早く移動しなければと逸っているが、このまま突き放すようなことを言うべきではないと理性が制止をかけてくる。

 彼女はと言うと、こちらを見たり、俯いたり、俯いたと思ったらまたこちらを見つめてきたりしていた。

 何かしら言葉をかけるべきか。そう考えていると、突然胸に衝撃が走った。

 それはイリスが自身の胸に飛び込んできたからだと、少し遅れて理解した。


「…………」

「あ、あの? イリス、さん?」

「こ、これは……そう! ハン族のお守りみたいなものでゲン担ぎというかこうやって出立する男の胸に飛び込んで送り出すのが慣習で決して私個人の感情とかじゃないから!」

「アッハイ」

「とにかく! 勇者候補達はどっちに行けば良いの!?」

「アッ向こうの道を進んでいけば―――」

「わかった! あなたも無理しないでね!」


 最後に声をかける暇もなく、イリスは脱兎のごとく指し示した方向へと駆け出してしまった。

 飛び込んできた時から顔は見えなかったが、走り去る彼女の髪から覗いた耳は真っ赤に染まっていた。

 もしかして……いや、多分“紅艶血相”の効果か何かだろう。


 まあ、それはともかく―――


「―――いい加減出てきたらどうだ? 出歯亀野郎」


 背後の曲がり角に潜んでいる男に声をかける。

 その男は存在に気づかれていたことに焦るでもなく、さも俺の台詞が最初から台本にでも書かれていたかのように、陰から姿を現す。


「個人戦以来か? ()()()

「イリス様が離反し、席が空いた。今は“希望の徳(ホープ)”と呼んでもらおう」


 “希望の徳(ホープ)”? コイツが?


「“希望の徳(ホープ)”ぅ? お前がぁ?」


 おっと、しまった。あまりのことに口を衝いて出てしまった。

 ついでに煽るような言い方をしてしまったが……まあそこはいいか。


「信じるも信じまいも貴様次第だ。俺はただ事実を告げるのみ」

「ああ、そう。それで? るの? ここで?」

「ここは狭い。それでは貴様も十分に闘えないだろう。ついてこい、貴様の死に場所に案内してやる」


 うわぁ、いかにも厨二病っぽいセリフぅ……。と、揶揄する前にカルキは歩き始めていた。

 無防備な背中だ。まるでどこからでも襲ってくださいと言わんばかりだ。

 それでも―――


「…………」


 俺はその後を追う。

 何も発さない。アヒルの仔が親の後をついていくように、純朴に、カルキの背を追う。




 ―――案内された先は、巨大な門の前であった。

 確かに、戦闘をするには十分な広さは確保されている。

 だけど、人の死に場所にするには余りにも味気ない。

 ……まあ、それも仕方ないのだろう。何しろ奴は……


「こんなところに墓標を立てるつもりか? センスねぇな、“人造人間(ホムンクルス)”」


 なんとなく、察しはついていた。

 コイツには、人ではない不自然さがあった。

 まるで言語だけ覚えた赤子のような、人の皮を張った機械のような、そんなチグハグな感覚があったのだ。


 そのことに気付いたのはいつの頃からか。

 もしかすると初めて目にしたその時から気付いていたのかもしれないが、確証に変わったのはつい先程のことだ。

 それは、彼の発する臭いが地上にいた人造人間(ホムンクルス)と同じく薬品臭に塗れていたからかもしれないし、鬼脈紋で強化された感覚器官によるものかもしれない。

 言語化できる理由はないが、まず間違いないだろう。

 そして、それは奴が沈黙によって肯定される。


「…………」

「驚かないのか? 正体バレてんのに。それとも驚きすぎて表情筋が死んだか?」

「隠す内容でもない。そして、自分が人造人間(ホムンクルス)であることは事実であり、俺も認識している。驚くようなことじゃない」

「あっそ。じゃあもう一つ。……お前、イリスと正義(ジャスティス)の遺伝子から造られているだろ」


 これを聞いて、カルキは初めて目を大きく見開いた。


「……何故、それを」

「おっと、割と当てずっぽうの推理だったけど、図星だった訳ね。ま、それはそれとして……()()()()()。それってつまりイリスと正義ジャスティスの合の子ってことじゃねえかよ」


 コイツに感じていた()()()()()

 それは人じゃないものが人のフリをしていることへの生物的な嫌悪感だと、そう思っていた。

 本当のところはもっと個人的な事だったとは。笑いたいところだが、そんな気分にはなれない。


「何を言いたいのかは理解できんが、その通りだ。俺は正義ジャスティス様とイリス様の血から知恵ウィズダム様の手によって生み出された。ハン族の強靭な肉体に、正義ジャスティス様の高潔な血が流れている。この身は新たな人類の基盤となるために生み出された―――」

「あー、そういう御高説はいいから。とりあえず決定事項は二つ。一つはお前を造った正義ジャスティスと、ついでにその知恵ウィズダムってやつはしばくって事。二つ目は、そいつらが造った悪趣味で出来損ないのお前はブッ壊すってことだけだ」


 ムカムカする。ムカムカして仕方ない。

 目の前の存在が存在している事実が、どうしようもなく腹立たしくて抑えられない。

 そして、この扉の向こうにいるであろう製造者のことを思うと、余計に腹が立つ。

 この苛立ちは、目の前の存在を徹底的に潰さないと気が晴れない!


「……イリスに伝えた理由」

「……?」

「別行動をしたい理由。三つ挙げたけど、本当に本当は()()()()


 それは……


「俺の戦い方を、見せたくなかったってことだ!」

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