第112話 突入!!
冬の冷たい風が肌を刺す。
方角で言えばかなり北の方まで来たというのに、周囲は気温に反して雪の一片も積もっていない。
ただ、枯れて色の抜けた草が冬風に吹かれて波打っている。
周囲には風を遮るものは何も無い。細木の一本も、低木の一株すらもない、一面の平原だ。
ただ一つ目を引くものは、僕達を待ち構えるように鎮座する小高い丘のみだ。
丘の麓との距離は一キロメートルもない。全力で走れば五分も経たず辿り着けるだろう。
イリス曰く、この丘の地下こそが“七つの美徳”のアジトなのだそうだ。
「まあ。こんなだたっ広い平原に、ポツンとあるのは確かに違和感っちゃ違和感だが……あれが本当に本拠地なのか?」
僕の、いや、この場に集まった全員の気持ちをゴウラが代弁する。
確かに、この平原にただ一人取り残された丘に、人為的な何かを感じないでもない。
だが、それまでなのだ。自然の地形として不都合があるわけではない。
加えてそう思うのは、あの丘に入り口らしきものが見当たらないからだ。
「言いたいことは理解できる。でも、あそここそが私達……いいえ、正義達の本拠地」
「とは言ってもよぉ……どうやって入るって言うんだ? 話だと物理的な入り口があるって聞いてたんだが」
「それは結界で隠しているから。……その証拠に、ほら」
イリスが指を差した瞬間――厳密にはその数秒前からだろうが――丘が不自然に揺らめいた。
地から天へ、風景が切り替わる。
陽炎のような揺らめきが収まったとき、視界はまったく別のものへと変化していた。
生命を感じない寂しい丘から、敵意を剥き出しにして並ぶ軍勢が守護する砦へと。
「奴さん、やる気充分なようだぜ」
「ゴウラ、分かっているでしょうね? 私達はアレとやり合わないわよ」
「はいはい、んなことわかって―――」
たしなめるアリスにゴウラが抗議しようとしたその時、上空から雷のような声が轟いた。
『皆よ、聞こえているか?』
―――――――――
―――上空。丘を囲うかのように、五体の鯨型の物体が空中を泳いでいる。
そのうちの一体――ケルティン空軍旗艦、超弩級鯨艦“アドミラル・サミュエル”。
その艦内にて―――
「―――否。聞こえていなくとも我が玉音だ。聞こえずとも耳を傾けるが良い」
「……噂には聞いていましたが、噂以上の傲慢さですね」
「……流石に、今ばかりはシャルル王の生前の苦労が偲ばれるよ」
そこには、陸上部隊司令としてアイゼンラント軍国総統ルートヴィヒ、上空部隊司令としてケルティン女王メアリーと空軍提督オーキソン、そして総司令官としてフルーランス王国現王ルイが乗艦していた。
「兄上。まずは作戦を」
「ん。すまんな、許せアンリ。……さて、」
―――――――――
―――北方。突入部隊リドニック班。
『皆も知っているだろうが、我が名はルイ=ジョルジュ・ド・フルーランス! 此度はこの戦の総司令を任された!』
「なんで私じゃなくてあいつが総司令なのよ!」
「お嬢様……今回、我々は現場での戦闘が主な役割です。大局を見極めるという意味では、ルイ陛下が適任かと」
「うるさいわねセバス! 分かってるわよそれくらい! それはそれとして腹が立つのよっ!!」
「……左様でございますか」
エレーナが怒りを露わに騒ぎ立てる中、その怒声を背中に浴びながら二人の男が息を吐く。
「もしかしたら、ここに配属されたのは失敗だったかもしれないな。なぁ、ルーデルの旦那」
「貴殿もそう思うか、セタンタ殿。しかし、致し方ないことかもしれんな」
「その心は?」
「リドニックの突入部隊は三人。他の突入部隊と比べて明らかに人員が少ない。要は一人たりとも欠けられない、ということ。そのためには我々護衛部隊の質が問われる。そしてもう一つは―――」
「狂戦士か」
「その通り。ヤツがもし暴走しても、私達二人ならなんとか敵の本拠地に押し込むことができる。まあ、そうならないのがベストだが―――」
そう言って、ルーデルはふと振り返る。
「このっ!」
振り返った彼の視界に写ったのは、その狂戦士を蹴って怒りを発散しているエレーナの姿であった。
「「なぁぁあああーーーーーーーーーー!!!?」」
―――――――――
―――東方。突入部隊シュラーヴァ班。
『当初の作戦通り、これより我々は“七つの美徳”の本拠地にかけて攻城戦を仕掛ける!』
「……なあ、ゲオルゲ隊長。今更ではあるんだが、この放送、敵に丸聞こえなんだが良いのか?」
部下であり、同胞である男が疑問を呈する。
当然といえば当然の質問だ。だから私もありのまま返答する。
「今回の作戦は、謂わば正面突破だ。奇策を弄するならともかく、正攻法を無理に隠す必要はない」
「へー。じゃあついでにもう一つ質問。アイツラは信用できるのか?」
指や視線で示しはしないものの、彼が誰のことを言っているのかは理解している。
そして私はその者らに視線を向ける。
目深にフードを被った四人。彼らの服装すらコートに隠れ判別できない。恐らくは、認識阻害系の魔法の類だろう。
「……信頼はできないが信用はできる。アリーナの紹介だ、半端な人選はしないだろう。それに……」
「それに?」
「……彼らも生半可な意思で参加しているわけではなさそうだ」
彼らの視線や、あまつさえ表情すら認識できない。なんと高等な魔術かと息が漏れそうになる。
だが、彼らの纏う闘気はそれすらも超えて溢れ出していた。
―――――――――
―――西方。突入部隊キャメロス班。
『本作戦の要となる部隊は三つ! 地上にて構成員や魔獣を討伐する地上部隊! 本拠地に突入し、幹部及びその首魁である正義を討つ少数精鋭の突入部隊! そして、その突入部隊を欠けることなく本拠地へ送り届ける護衛部隊! どれもが欠けてはならぬ重要な部隊であること、その心根に今一度刻みつけよ!!』
「というわけだ。我々が余力を残して“七つの美徳”幹部を叩くには、君たちの助力が必要不可欠だ。期待しているよ」
「帝国最強の貴様に期待してると言われてもな……」
「……プレッシャーが……胃が……」
マックスは屈託のない笑顔を彼らに向ける。
しかし、護衛部隊であるガザンとジェームズには、それが意地の悪い笑みに見えた。
―――――――――
―――南方。突入部隊フルーランス班。
「改めまして、護衛部隊南方班班長に任命されました。アイゼンラント軍国所属、ヒルデガルト・ヴァレンシュタインと申します」
「同じく、ケルティン王国ブリトン国出身、シャーロット・ヒューリアスだ。呼ぶときは騎士を付け給えよ?」
ヒルデガルトは鋼鉄のような敬礼を取りながら、シャーロットは飄々とした態度で、僕達フルーランス班に挨拶を交わす。
護衛部隊にはアイゼンラントとケルティン、それぞれの代表選手から一人ずつ班長として配備されている。
彼女たちはフルーランス班の護衛として抜擢されたのだ。
「貴方たちの活躍は武闘祭で存分に見せてもらったわ。お陰で後顧の憂いもなく突入できるってものよ」
「本来なら私達ケルティンが剣を振るうべき場面なのだろうけどね。まあ、今回は見せ場を譲るとしよう」
「どのような戦況であろうと適材適所というものはあります。我々が軍略による集団戦を得意とするように、英雄級であるリン殿には強敵との一対一の戦いが向いているのでしょう。……そんなことも分からないのですか」
わざとギリギリ聞こえるような声量で零したヒルデガルトの一言によって、その場の空気にパキリとヒビが入った。
「ハッハッハ! ヒルデ嬢の言う通りだとも! 私も名誉に傾倒するほど愚かじゃない。先程のは、まあなんと言うか、突入部隊の緊張をほぐすためのジョークだよ」
「そうですか。そういえば、ケルティン国民はジョーク好きだと聞いたことがあります」
「そうだともそうだとも! 私達のケルティッシュジョークはもはや文化のレベルで―――」
「その割には笑えませんが」
「グハァッ!!」
「吐血した!?」
「言葉の切れ味が鋭すぎたんだ!」
そうだ。この二人、個人戦のときでも必要以上に険悪な雰囲気で戦っていたのだった。
と言うより、この二人の性格が絶望的に合っていないのだ。
自分至上主義のシャーロットに、堅物気質のヒルデガルト。“水と油”という諺がこれ以上ないほど似合う関係も珍しい。
こんなので護衛なんて大丈夫なのか……?
「おや、少年。随分と怪訝な瞳で私達見るじゃないか」
ゲッ。やば、顔に出てた!?
「すみません、気を悪くさせるつもりじゃ……」
「ハッハッハ! 謝るべきは私達のほうさ! これも私と彼女のコミュニケーションでね。いざとなれば私達のコミュニケーションに勝るものは―――」
「チッ気安く近づかないでください汚らわしい」
「ハハッ、辛辣!」
やっぱ駄目かもしんない。
「ねえ、そろそろ突入よ。気を引き締めなさい」
そうこうしているうちに、ルイ王子―――ルイ新王の演説も佳境を迎えたようだ。
リンの一声に護衛の二人も先程とは打って変わり、顔を強張らせる。
……さあ、ここからが頑張りどころだ。
『―――さて、作戦の振り返りも十分だろう。ここに集いしは一騎当千、連合帝国から選りすぐった精鋭共だ。当代において、これ以上の戦力はないだろう。如何な大軍であろうと、如何な傑物であろうと、我等に勝てる道理はない!!
……我にここまで言わせたのだ。持ち帰るのは勝利のみ! 敗北はないと知れッ!!!!』
「「「オオオオオオオオオオォォォォオオオオオオッッッ!!!!!」」」
雄叫びが四方から木霊する。
開戦を告げる鬨の声だ。
「列車榴弾砲四門及び列車臼砲四門、全門開け! 最終安全装置、解除! 一斉砲撃態勢、用意ッ!!」
「超弩級鯨艦全五艦、取舵一杯! バンク角度を30度に維持! 併せて全魔導主砲、俯角合わせッ!!」
「「―――撃てぇッッッ!!!!!」」
雷鳴のような砲撃音が轟く。その直後、爆炎が丘とともに敵を包み込んだ。
衝撃が、熱が、魔力の痺れが、爆風に乗って肌を打つ。
魔導砲による範囲制圧、榴弾砲による高火力爆撃、そして臼砲による大質量攻撃。開戦の号砲にしては過剰なまでの飽和砲撃だ。
だが、これはあくまで露払い。
真っ黒な爆煙の奥から、異形のモノ達が唸りを上げて突進してくる。
「全隊、突撃ィッ!!」
リンの号令に合わせ、数千数万の兵が雄叫びを波及させながら、眼前に迫りくる敵を迎え討たんと駆けり出す。
両軍の激突にさほど時間は要さない。
今、一番槍の穂先の打ち鳴らされる音が甲高く響いた。
「ケルティンの騎士よ! ユニオスの同胞よ! 先駆けの誉れは我らにあり! さあ、突貫だッ!!」
「「「イエス、マムッ!!!」」」
先行を仕掛けたのは、シャーロット率いる護衛部隊のうちケルティン出身で固められた騎士たちであった。
彼らは鋒矢の陣を取り、幾重もの肉壁となった敵を穿っていく。
「独断専行。ですがこの場では最適な判断でしょう……。
アイゼンラントの兵士たちよ! 我らはケルティンの討ち漏らしを一掃する! 突入部隊を中心に円形陣! 一人たりともフルーランス班に近づけるなッ!!」
「「「ハッ!!!」」」
ヒルデガルトが率いるアイゼンラントの兵たちは突入部隊を中心に輪形陣を取る。
重武装の騎馬隊が囲むその様は、移動する要塞そのもの。
ケルティンの騎士達の攻撃を既で躱した残党や、部隊の腹から急襲しようとする不埒者が、アイゼンラント最新技術の銃火器によって次々と物言わぬ肉塊へと変えられていく。
「すっげ……」
数では圧倒的不利であるにもかかわらず、突入部隊は速度を緩めることなく丘との距離を縮めていく。
これも、ケルティンとアイゼンラント、両軍の練度の賜物だろう。
「見えたッ!!」
シャーロットが声を上げる。
正面に目を向けると、自然の丘には似つかわしくない石造りの扉。そして、それを守護するかのように三体の魔物が待ち構えていた。
一体は3メートルを優に超える岩石の巨人。一体は燃え盛る肉体を持つ女性型の精霊。そしてもう一体は周囲に雷球を纏う金色の巨鳥。
考えるまでもなく、竜石によって呼び出された竜たちの眷属だろう。
「護衛部隊! ここまで案内、ご苦労! あとは私達でやるッ!! ヒロッ!! イリスッ!!」
リンが、そして呼びかけられた二人が前線へと飛び出す。
「秘儀の三! “虎掌”ッ!!」
「スキル“永遠の光”」
「ショックインパクトッ!!」
鬼神の拳が、剣聖の光刃が、英雄の掌底が、雷鳥を殴り飛ばし、炎の精霊を両断し、岩の巨人を破壊した。
ついでに、岩吹き飛ばされた巨人が閉じられた岩戸を粉砕する。
破壊された瓦礫の奥には、深い暗闇が侵入者たちを飲み込まんと口をかっぽりと開けていた。
「入口は開いた! このまま突入するわよ!」
「「「応ッ!!」」」
フルーランスの戦士たちは臆することなく、その闇へと飛び込んでいく。
「私達の出番はここまでだ! フルーランスの猛者たちに栄光あれ!」
「皆様! 御武運を!」
「シャーロットさん! ヒルデガルトさん! ありがとう!」
「そっちも頑張って!」
奥へと進んだフルーランス班を見送り、護衛部隊はこれ以上の侵入を許すまじと背を扉を向ける。
「……さて、もう一仕事だ。一緒に踊る体力は残しているかい?」
「当然です。貴女こそ、へばっていないでしょうね?」
「ハハハ! パートナーを残して座り込むほど甲斐性無しじゃないとも! それでは……シャル・ウィ・ダンス?」
「……イエス、シュア」
―――――――――
内部は思っていたより入り組んでいる。
無数の分かれ道が何度も連続している。
まるで蟻の巣のようだ。
「ヒロ、ここはアンタの出番よ! 先導、任せた!」
「任された!」
肉体―――主に感覚器官に集中して鬼脈紋を張り巡らせる。
元来の能力“土地理解A”に、“天眼通”による透視能力と“天耳通”によるソナーでブーストをかける。
それにより、本拠地の全容が見えてくる。……蟻の巣と言ったが、正にその通りだ。
一度足を踏み入れたが最後、案内なしで奥まで到達するのに一体何日かかるのか想像もできない。
「次、左! 曲がり角に三人待ち構えてる! 右にも一人!」
「おっしゃ! ここは任せろ!」
「はいは〜い、支援魔導かけとくよ〜!」
シルヴィの強化を受けたゴウラが先頭へと踊り出し、角を曲がる。
同時に、飛び出してきた人造人間の攻撃をしかけてくるが、これを大剣で防ぐ。
「グオッ、重……!」
「ゴウラ! そのまま抑えてて!」
その後ろからイリスが飛び出し、あっと言う間に三体を斬り伏せる。
障害はなくなった。残るは後ろから挟み撃ちにしようとするもう一体だが……
「“ファイアボール”!」
振り返りざまに放ったアリスの火球が、敵を燃やし尽くす。
僅か二日前に作った即席のパーティとは思えないほど熟練した連携。
これも海千山千の戦場を潜り抜けた経験がなせる技なのか。
そのように感心する間もなく次の別れ道が目の前に迫っていく。
「……ッ!」
「ヒロ! 次はどっち!?」
「……左。次も左だ! その奥に広い空間と、敵がいっぱい! ……多分、幹部クラスも控えてる」
その一言に、パーティ全員の緊張がさらに強まる。
「……迷ってる暇はない。突っ込むわよッ!!」
リンに率いられ、彼らは幹部が待ち構える空間へと突入する。
狭い通路を抜けた先に広がっていたのは、真暗の闇が広がる空間だった。
空間自体がどこまで広がっているのか、周囲に何があるのか、肉眼では観測できない。
パーティの半数がこの黒の世界に困惑する中、一人、“天眼通”を発動していたヒロだけはその空間の中央にいる人物を捉えていた。
「レッディース・アンド・ジェントルメェーン! 糞餓鬼に裏切り者! ようこソいらっしゃいましタ! ワタシのサーカスへ!!!」
声が轟いた瞬間、ギラギラとした照明が周囲を照らす。
目が焦げるかのような光量に視神経を痛めながら今までいた空間を見渡すと、それがサーカスのテントの中に似ていることに気付く。
「なんだ、ここは……?」
「アナタ達とも縁深いモノですネェ。イヤ、コレは信仰サンの運命操作によるモノでしょうカ」
全員が突然の展開に虚を衝かれていたが、その者の声を聞いた途端、再び緊張が走る。
その声、その話し方、忘れるはずもない。
ヒロ達一行と最も因縁深い相手が、そこにはいた。
「……“節制の徳”」
その者に貼り付いたピエロの面が、さらに深く笑ったように見えた。
―――――――――
ヒロ達フルーランス班が節制と接触した時と同じ頃、偶然か必然か、東西北から突入した各班も同様に“七つの美徳”幹部と接敵していた。
―――キャメロス班。
「―――さて。そろそろ他の皆も戦闘に入った頃合いか。では、こちらも始めるとしよう……。
ところで……君達は神を信じているかい?」
「……“信仰の徳”、確認。これより戦闘を開始する」
―――リドニック班。
「あのハン族の娘から聞いていた特徴から、アンタが“知恵の徳”ね」
「凡俗めが。答えが自明な質問をするんじゃない」
―――シュラーヴァ班。
「……“慈愛の徳”、捕捉」
「ようこそ、おいでくださいました。さて、それでは……殺し合いましょう?」




