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村人Aの異世界叙事詩  作者: ユッケ=ビビンバ
第六章 善と悪の詩〜決戦、七つの美徳編〜
110/120

第110話 帝国横断列車リドニック急行

【前回までのあらすじ】

ユニオス連合帝国で行われる四年に一度の祝祭、“大統合武闘祭”。

そこへ『正義に満ちた世界の創造』を掲げる組織、“七つの美徳”が襲撃する。

ヒロは団体戦最後の舞台である浮島から、命辛々脱出するが―――

「―――、」


 目を覚ます。

 僕は、寝ていた―――いや、気を失っていたのだろう。

 最も新しい記憶で見た風景と今見ている風景が余りにもかけ離れている。それに、自身で床についた覚えなどない。


 ゴトン、ゴトン、とそのような音とともに体と視界が左右に揺れる。

 ここは電車か……? 否、寝台列車と言うのが正しいか。


(なんで列車なんかに……?)


 体を起こす。厭に重い……身体がまだ万全の状態じゃないんだ。

 気を失う前に最後に見たのは―――そうだ、シヴァステャンに連れられて浮島から脱出したんだ。

 でも、なんで列車の中なんかに寝かされているんだ……?


(どれくらい、寝ていた?)


 判らない。

 起こした体に斜陽が当たる。……夕暮れ時か。

 少なくとも数時間は寝てたのだろう。

 もしかすると、次の日の夕暮れかもしれない。

 もしかすると、それよりも長いかも。

 斜陽が差し込む窓のカーテンを指でそっと持ち上げる。

 見えるのは―――荒野。ここがどこなのか、まるで見当がつかない。


(……どうするか)


 やるべきことは判っていた。ここから離れ、列車内をくまなく調べて、人がいれば話を聞けば良い。すなわち、情報収集だ。

 だが、それに踏み切れないのは、自身の体力の消耗具合が原因だ。

 酷く疲れている。今までの経緯を振り返れば当前だ。

 連戦に次ぐ連戦。全身全霊の全力を振り絞り、最後の方は目を開くことすらギリギリだった。……思えば、気を失って当たり然の状態だったのだろう。

 まあそれはさておき、今は状況を把握することを優先すべきか、自身の体力を優先すべきか、天秤にかけている心境だった。

 暫しの逡巡のあと、天秤が二度寝に振れかけたとき、扉についた滑車が回る音がした。


「…………ヒロ?」


 スライド式の扉を開けた張本人に目をやる。

 そこに立っていたのは、白い肌と白い髪の少女だった。


「……? イリス?」


 彼女が何故ここにいるのか、即座に脳が理解できなかった。

 なので直接聞こうとしたが、それより早くイリスが駆け寄ってきて僕の肩を掴んだ。


「目が覚めた? 大丈夫? どこか具合が悪いところはない?」

「……だるい。しんどい。寝ても良い?」


 正直、この時は身体の疲れもあったが、何より頭に血と糖分が行き届いていなかった。

 とにかく怠い。とにかくしんどい。顔見知りがいるなら後はそちらに任せて寝てしまいたかった。


「寝かせてあげたいけど……今はもうしばらく辛抱して。すぐ皆に知らせてくるから」

「……眠い」

「……あー、もう!」


 今すぐ寝落ちしてしまいそうな僕の肩を担ぎ上げ、イリスは扉の方へ向かう。

 僕の方も、否が応にも歩くしかなかった。



 ―――――――――



 イリスに連れられ辿り着いた先には、大勢の人間が集まっていた。


「ヒロ、起きた!」


 イリスのぶっきらぼうな声を聞いた彼らは一斉にこちらに視線を向ける。

 向けられる顔の多くが、見覚えのあるものばかりだった。


「メイリィ先生、いる? ちょっと見てあげて」


 イリスの呼びかけに、群衆を割ってメイリィが姿を現す。

 その後は視診だの触診だの聴診だの簡単な診察を受けて、最終的にいつもの金羊毛を首の周りに沢山つけられて終わった。

 曰く『体力の減少はあるもののぉ、至って健康ぅ。異常はないですぅ』とのこと。




「―――さて、ヒロ君も加わったことだし、改めて状況の整理をしよう」


 そう言うマックスの目の前には車両の幅半分を埋め尽くす長机が備えられていた。

 その周りには、大統合武闘祭に参加した国のトップとその従者らしき人物、そして武闘祭に参加し生き残った選手たちが揃っていた。

 そして、机の上にはどこかの地図―――ぱっと見、帝都キャメロスを端に北方へ続いている地図が置かれていた。


「我々が今、国境間横断魔動列車に乗り目指す先は、“七つの美徳”の本拠地とされる地点。その地点こそ、ここ―――リドニックの国境付近にある丘陵地だ」


 マックスがその場所に王冠を模した黒い駒を置く。


「リドニック……。イヴァンが“七つの美徳”に接触していたのも、これで理解できたな」


 アイゼンラント軍国総統ルートヴィヒはそう言って、金髪の少女に訝しげな視線を送る。


「……一応弁明しておくけど、私も被害者よ。何も知らなかったし、事実、殺されかけたんだから。話を聞くなら、今際の際にいるパパに聞いて」


 リドニック国首相の娘、エレーナは気丈な態度でそれに応える。


「私は何も言っておらんよ。ただ、この列車に乗れているのは誰のお陰なのか、その辺りは弁えていたほうが良いな、小娘」

「秘密裏に線路を敷いておいてよく言うわね。“七つの美徳”のことについても知らなかったけど、この列車の敷設を許可していることも聞いてないからね、オジーチャン?」

「お二人とも。この場はいがみ合う場ではなく、どのように“七つの美徳”をどうするのか話し合う場です。関係のない話はどうかご静粛に」


 火花を散らす両者の間に割って入るのは、ケルティン王国女王メアリーであった。


「「……ふん!」」

「そして、まずは貴重な情報の提供に感謝いたしますわ。……ハン族族長のご令嬢、イリス・ハン様」


 メアリーは柔和な笑みでイリスを見やる。

 だが、その瞳の奥に映る意図は、言葉通りの意味を持っていなかった。


「……必要な情報は渡した。これで、私達の身の保証はしてくれる。そういう約束だ」

「ハン族の娘が何を偉そうに。貴様らが我々に何か要求できるとでも―――」

「ルートヴィヒ閣下。彼女はわたくしに話しかけています。あと、発言にはお気をつけください。言葉一つでその人となりは知れるものですよ?」

「……チッ」

「そして、イリス様。貴女達の処遇については今この場で決めることではありません。ですが、ご安心を。悪いようにするつもりはありません。少なくとも、わたくしは」

「…………」


 あいも変わらず、メアリーは貼り付けたような完璧な笑顔をイリスに向ける。

 その言葉の裏にあるものを察してか、イリスはこれ以上話を続けることが得策ではないと悟る。

 張り詰めた空気の中、マックスがわざとらしく咳き込んだ。


「……オホン。えー、では、話を続ける。イリス嬢から頂いた話では、奴らの本拠地は地下に埋まっている。そして、内部に入るには彼らが作ったポータルという特殊な魔道具が必要となる」

「質問、宜しいか」


 手を挙げたのは東シュラーヴァ共和国大統領―――の代理、“竜騎士(ドラゴナイト)”ゲオルゲであった。


「どうぞ」

「奴らの本拠地が地下にあり、入るにはそのポータルとやら必要なのは解った。だが、どうやって突入する? そのポータルを複製するのか?」

「ポータルの解析についてはスコールを筆頭に進めている最中だ。だが現状、複製までの目処は立っていない。そして突入についてだが……後はイリス嬢から説明を」


 マックスに話題を振られると同時に、イリスへ奇異の目が向けられる。

 ハン族の子。反逆者の娘。敵組織の裏切り者。彼らが抱く彼女への感想は、当然良いものではない。

 だが、そんな中、彼女は臆することなく話し始めた。


「本拠地に入るにはマックスが言った通り、ポータルを用いるのが基本。でも、それとは別に地表から直接入れる出入り口が四つ―――東西南北にそれぞれある」

「なるほど、そこから侵入しようと。だが、侵入経路が限られていては対策も取られていよう。そこはどう考える?」

「……まず、対策を考える前の前提条件として、本拠地の通路は常に空間が変化していて、迷宮(ダンジョン)のような作りになっている。私達はポータルで移動するから通路を使う必要はないけど、大勢で入れば空間断絶に巻き込まれて部隊が散り散りになる可能性が高い」

「……構造自体が既に侵入者対策になっている、というわけか」

「うん。あと、考えられる対策としては二つ。一つは構成員が地表と内部、それぞれに配備されていると思う。構成員に加えて強化された人造人間(ホムンクルス)人造獣(キメラ)、竜石で喚び出した魔物の存在も考えられる」

「本拠地内の通路の広さは?」

「そこまで広くない。三人も並べば通れなくなるくらい」

「となりますと、物量戦は地上がメインとなりそうですわね」

「そしてもう一つは、幹部である“信仰フェイス” “慈愛ラヴ” “知恵ウィズダム” “節制テンパランス”の四人がそれぞれの先で待ち構えている、はず」

「道理ね。正面突破しかできないと分かってるなら、強いやつが待ち構えているものよ」


 各国のトップからの重圧混じりの質問に、イリスは難なく答えていく。

 その堂々とした姿に、一堂は彼女がハン族であることや元“七つの美徳”であることを一瞬だけ忘れていた。


「ありがとう、イリス。さて、ここから先は私から作戦を発表する」


 マックスはどこから取り出したのか、大量の駒が詰められた袋を机の上に置く。

 そして、最初に置かれたキングの駒の周りに無数の小さな駒と、上下左右に中程度の大きさの駒を配置した。


「イリス嬢の説明から地表では物量に任せた乱戦が、内部では部隊の分断と強敵との戦闘が見込まれる。そこでだ」


 さらに取り出したのは、白の駒を四つ。先程置いた中程度の駒の正面に並べる。


「内部には、私を含め残った四人の英雄級がそれぞれの入口から突入する。突入するメンバーは各々の英雄級が選抜して良いが、人数は分隊規模―――最大九人までとする」

「ダンジョン攻略におけるフルパーティね」


 ハンターであるリンが、マックスの真意を代弁する。

 この世界におけるダンジョン攻略では、直接戦闘を行う前衛三人、魔法や弓矢による遠距離攻撃と回復を担う後衛三人、そして前衛と後衛の間でそれぞれのサポートやサブアタッカーを担う中衛三人の計九人が最大かつ最適とされている。

 本拠地内の構造や強敵との戦闘にあたっては、このダンジョン攻略の心得が生きる。マックスはそう確信していた。


「そのとおり。各突入班の指揮はその英雄級が属する国―――すなわち、フルーランス、リドニック、そしてシュラーヴァに一任する」

「フン。奇しくも、慈愛とやらにトップが操られたところばかりだな」


 ルートヴィヒの心ない一言に、各国の人間の眉がピクリと動いた。

 まるで爆弾の導火線のすぐ近くにマッチの火が燃えている。そんな緊張がその場に走る。


「私はマックス団長の作戦に賛成ですわ」


 チリチリと燃え上がりそうな空気を洗い流すかのように、メアリーは穏やかな声で手を挙げる。


「……信用するつもりか?」

「各国の戦士を混ぜた混成部隊では連携が取れず、たとえ英雄級であろうと“七つの美徳”の幹部には勝てないでしょう。……アルトリウス陛下が負けたのです。勝算がある方に、私は賭けますわ」


 ルートヴィヒの懐疑の視線に、メアリーは何かを確信したかのような力強い視線で応える。

 それを受けて数秒、ルートヴィヒは黙していたが、諦めたかのようにゆっくりと口を開いた。


「……仕方ない。ワシも、各国が突入班の指揮を執ることに反対はせん」

「ご理解いただき感謝します。代わりに、地上戦ではアイゼンラントとケルティンに任せたい。アイゼンラント側から出せる兵力は?」

「ルーデル少将」


 マックスからの質問に、ルートヴィヒは傍らに控えていた将校の名を呼ぶ。

 名を呼ばれた大柄の将校は敬礼とともに声を張り上げる。


「ハッ! 現状で動かせる部隊の六割を目的の地点に集めております!」

「ウム。地上において、我がアイゼンラントの陸軍に勝る者はおるまい。六割もいれば十二分よ」

「よし。ケルティンは?」

「オーキソン提督」


 同様に問われたメアリーは、ルートヴィヒと同じく傍らに控えていた空軍提督の名を呼ぶ。

 軍帽を目深に被った髭面の提督は落ち着いた様子で状況を解説する。


「ハッ。既に鯨艦部隊には招集をかけております。空軍全兵力の七割と、最低でも五隻の超弩級鯨艦を動かせます」

「……フッ」


 一瞬ではあったが、メアリーが勝ち誇った視線を送ってきたことに、ルートヴィヒは目逃さなかった。

 概ね、『こちらは空軍全兵力の七割プラス超弩級鯨艦五隻を動かせますが、そちらはたった六割だけですか?』とでも言いたかったのだろう。

 それを即座に理解したルートヴィヒは顔を赤らめて、ルーデルに詰め寄る。


「っ……! おい、少将! こちらはもっと出せないのか!?」

「閣下、申し訳ありませんが。しかし試作型の列車砲なら八台まで集めることは可能です」


 それを聞き、ルートヴィヒの怒りは収まったのだろう。

 隠すことなく勝利のドヤ顔をメアリーへと向ける。


「……フフン」

「……ちっ。とんでもない違法建築兵器を作っておいて何よその顔は……」

「陛下、漏れ出ております」

「あらやだ、私ったら。失礼遊ばせ」


 オホホホ、と冗談めかして笑っているが、その目尻には怒りの様子が見て取れる。

 雰囲気はまさに戦時中の会合のよう。爆薬庫で喫煙しているような空気がそこにあった。


「さて、今日だけで既に帝国破綻レベルの話題が飛び交っているが、緊急事態だ、気にしないで続けよう。もちろん地上には帝国騎士団の騎士たちも配備させる」

「リドニックからも可能な限り人員は出すわ。現地(ホーム)だもの、必要な備品も持ち出せるだけ提供する」

「助かる」

「シュラーヴァも同様です。フルーランスからは……」


 その場の視線がフルーランス王子、ルイに集まる。

 ルイは腕を組み、瞼を強く瞑り、黙っていた。

 ここに来て、彼は一言も発していない。まるで何か、別の重要な事柄に対して意識を向けているように感じられた。

 誰かが声をかけようとしたその時、ゆっくりとではあるが、ようやく彼の肉声が響く。


「……当然、惜しむつもりはない。おい、ギルド長とやら。代わりに説明せよ」

「へえ。俺たち狩人組合(ハンターズギルド)も連絡を取り合い、帝国中の白銀級以上のハンターをかき集めるつもりだ。英雄級の連中には負けるだろうが、どいつもこいつも現場で鍛えられた精鋭尽くしだ。こと魔物との戦闘なら、並の兵隊にも劣らないぜ」


 ルイの代わりに説明を始めたのは、フルーランスの狩人組合(ハンターズギルド)のギルド長であった。

 その者は、この場にいる誰もが見上げるような大柄の男であり、日に焼け浅黒くなった肌と顔や腕についた無数の生傷から、歴戦の猛者であることが窺えた。

 特に拳についた傷が多いことから、さては名のある武闘家であるのだろう。

 それもそのはず。なにしろ彼は元英雄級であり、そして“破壊僧”シャオ・リンに手ずから武闘家のイロハを教え込んだ師匠であるのだ。


「師匠、ありがとう。助かるわ」

「へっ。帝国の一大事だ、黙って見てる訳にはいかねえよ」


 そう言うとギルド長は自分の胸を強く叩く。

 その音の大きさだけで彼がどれほどの膂力を誇るのか、その場にいた全員が理解した。


「地上部隊はこれで大凡十分だろう。連絡系統や体制については後程考えよう。では、次は突入部隊の編成だが……エレーナ嬢、“狂戦士(ベルセルク)”は動かせるのか?」


 マックスの脳裏には、“七つの美徳”襲撃の日の記憶が思い起こされていた。

 “七つの美徳”首魁である正義(ジャスティス)とカルキと名乗る少年との戦闘中、突如として敵方の傭兵であるイナバに操られたバルザークが乱入してきたのだ。

 なんとか聖十二騎士(ゾディアック)三人と共に痛み分けの形で収めたが、彼らを取り逃がし、あまつさえ“明朗の勇者”であるネロまで攫われてしまった。

 これはマックスにとって手痛い失敗であった。


 その後、浮島からの脱出は成功したが、戦闘不能となったバルザークを連れての脱出はできず、崩壊する浮島に取り残してしまった。

 普通の人間ならば死んでいてもおかしくないのだが―――


「誠に遺憾だけれど、ピンピンしているわ。イナーヴァのやつ、私の手からバルザークを奪っておいて、用が済んだらポイ捨てしやがって。頑丈だから良かったけど、浮島の崩壊に巻き込まれて死んでたらどう責任取るつもりなのよ」

「ハハハ……無事で(?)何より……」


 あまりの頑健さに、マックスも苦笑いする他なかった。

 現在、バルザークは彼らが会議を行っている列車の再後車に乗せられている。

 当然、暴れ出さないよう拘束・封印の上だ。


「とにかく、バルザークは出れるわ。そして同行には主人である私、そして私の護衛としてシヴァステャンを連れて行くわ」

「それが良いだろう。バルザークも、大人数より少ない人数のほうが暴れられる」


 リドニックは十分。そして自身らキャメロスの陣営は聖十二騎士で固めれば万全だろう。

 あとは……


シュラーヴァ(こちら)は代表選手に加えて聖竜騎士団から何人か見繕おう。九人(フルパーティ)で挑むつもりだ」

「そうか、わかった。……竜石を失ったが、問題ないか?」

「そもそも旋風竜相手に立ち回った実績がある。それに、知り合いの魔女が助っ人を連れてくると聞いている」

「……? ……ひとまず了解した。武運を祈る」

「フルーランスも私の知り合いから何人か見繕うわ。白銀級の戦士、魔術使、僧侶を知っている。あとは“七つの美徳”幹部との戦闘経験があるヒロと―――」

「私も連れて行って」


 リンの言葉を遮り名乗りを上げたのは、イリスであった。


「―――ッ、ハン族風情がっ! これ以上出しゃばるんじゃない!!」


 ルートヴィヒが声を荒げて、大声を上げる。

 当然の反応だ。彼女の本来の立ち位置は“敵組織の捕虜”。

 情報を最大限に引き抜くのは良しとしても、将棋のように即座に味方の戦力として含んで良いものではない。

 そして何より彼女が卑下されるのは、その出自ゆえだ。


「お前達がこの国でどれほどの罪人なのか、理解していないのか!? この場にいることができるのは、貴様が“七つの美徳”の捕虜だからだ! 本来であれば牢にブチ込んで―――」

「おい」


 低く、静かではあるがドスの利いた声がルートヴィヒの主張を遮る。

 それを発した人物に視線が行く。その先にいたのはルイ王子であった。

 彼の瞳には強い怒りの感情が灯っていた。


「我が臣民にそれ以上の愚弄、王として見過ごすほど我は日和っておらぬぞ」


 殺気と間違うほどの気迫―――否、これは王としての覇気か。

 それを浴び、ルートヴィヒの高ぶった感情も引いていったようだ。

 しかし、それでもなお彼は食い下がる。


「ルイ王子……。貴様は、ハン族を認めるというのか?」

「……女」


 ルートヴィヒからの質問に答えず、ルイはイリスへと目線を向ける。


「え……あ、はい」

「貴様は、我を王と仰ぐか?」


 しばしの沈黙。亡族の姫が、他国の王を崇めるのか?

 そんなことは決まっていた。


「……私は、この帝国の誰も信じることができない」


 イリスは、己が部族の誇りを選んだ。

 その選択に誰もが『当たり前だ』と、『反乱を起こした部族の姫が従うわけがない』と、そう思った。

 だが―――


「だけど、ヒロになら……。うん、ヒロが貴方を王と仰ぐなら、私にとっても貴方は王様だ」


 彼女が本当に選択したのは、自身を救った少年への仁と義であった。


「……敬意が足りぬ。が、許す。ヒロは我にとっての臣民。であるなら貴様も臣民であるのだろう」


 敬愛した人が仰ぐのならば、己も仰ぐ。臣下が認めるのならば、王も認める。

 不格好ではあるが、そこには確固とした繋がりがあった。


 しかし、ルートヴィヒは未だ納得してはいなかった。


「……巫山戯ているのか?」

「戯言かと問われれば、戯言ではあろうよ。だが、我が口から発するは戯言であろうと真実。このイリスという小娘は、ヒロの監視の下、我が国で預かることにした」

「……馬鹿馬鹿しい! 認めてなるものか! そもそも、そのヒロとやらも異世界人ではないか! そんな奴が監視したとして、何の意味が……ッ!」


 そう言って指をさした相手を見て、ルートヴィヒは瞬間凍る。

 自身の右人差し指の指し示す先、たかだか十五の少年が立っている。

 だが、彼は本当に少年なのか?


 眉をひそめ、その瞳は盤上の黒の駒を睨み、深く集中していた。

 まるで会議の内容など聞く必要もないと言わんばかりに、己の精神に集中している。

 それはルートヴィヒにとって、目にしたことがある形相だった。

 かつて、ハン族に親友を殺され、復讐に駆られた一兵卒と同じ顔をしていた。

 この少年は、“七つの美徳”に対し、並々ならぬ因縁があるのだろう。

 そして、奴らを倒すために、修羅になろうとしているに違いない。


(こ、この少年……それほどまでに……!)


 ルートヴィヒは己を恥じた。

 まだ青い少年がこれほどまでの覚悟の下、ここに集まっているのに、自身といえば過去のことばかり気にして本当にすべきことを見失っていた。

 そうだ。まず考えるべきは“七つの美徳”の打倒。

 そのためには過去のしがらみや自身の感情など二の次なのだ。


「くっ、まあ良い。今は非常時、ハン族の手も借りるしかあるまい」

「……? はぁ……。では、会議を続けます」


 かくして、突入班にイリスの参加が決定した。

 なお、ルートヴィヒの考えを変えた当の本人はと言うと……


「……? ヒロ?」

「……ごめん。少し意識飛んでた」

「もう、しっかりして」


 その後も作戦会議は続きながらも、列車は“七つの美徳”の本拠地へと向かっていく。

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