第108話 ヒロVSイリス(Ⅱ)
この男、今、なんと言った? 聞き間違いか? 聞き間違いじゃなかったら、確かに、こう言ったはずだ。
『お前、俺のモノになれ』
……誰が?
―――私が、
……誰の?
―――アイツの、
……何に?
―――女に。
「はぁあ!??」
普段の彼女では絶対に出ないであろう絶叫が響く。
紅艶血相とは関係なく、顔に血が上ってきているのを熱で感じる。
対して先程の台詞を吐いた目の前の男は、ニヤニヤと気味の悪いを浮かべるのみだ。
「ア、アナタッ……! な、なな、なに、なにを、何を言って……!?」
「いやだからさ? 『俺が勝ったら“七つの美徳”なんか辞めて俺の家に来い』って言ってんだけど、伝わってない?」
「それは分かってる!! ……いや、分かってたまるか!!? アナタ、それは一体どういうつもりで……!」
「え? 単純に『嫁に来い』ってつもりだけど?」
「よッ…………〜〜〜〜〜〜!?!!?」
それっきりイリスは金魚のように口をパクパクと動かしながら、声にならない声を上げ続けるだけとなってしまった。
(思ってたより感情表現多いな、この娘。……可愛い)
(ヒロ。口説いているところすまないが、油断はするな。彼女はまだ―――)
(あーはいはい。分かってるよ、紅蓮。それより今は気分がとても良いんだ。今なら誰が相手だろうと、負ける気がしない!)
思わず、不敵な笑みが溢れる。
今、彼の中にあるのは絶対的な万能感。目の前の少女相手にどこまで自分の力が通用するのか、試したくて身震いが止まらない様子だった。
「さあ、さっさと始めようぜ。生娘みたいに恥ずかしがってないでよ」
「く……っ! アナタが変な事を、言うからでしょうがッ!!」
イリスが地面に突き刺さった大剣を引き抜く。その勢いをそのまま斬り上げへと繋げる。
だがこれを、ヒロは大剣を踏み付けることで真っ向から迎え撃つ。
ぶつかり合う衝撃が轟音と烈風になり、二人の横を駆け抜けていく。
拮抗。双方の力は互角だった。
自身の体重の分だけヒロが有利とはいえ、それはほんの数分前までではありえないことであった。
ヒロとイリス、力比べではイリスの方に軍配が上がっていた。
加えて、今の彼女には“紅艶血相”による強化もかかっている。それを踏まえて、ありえないことであった。
「ぐ、ぅ……!」
「どうしたどうした? さっきより威勢がないじゃないか!?」
「このっ……な、め、る、なァッ!!」
渾身の力を込め、大剣を天空めがけて大きく振り上げる。
これにはヒロも太刀打ちできず、身体を上方へと持ち上げられる。
宙を舞うヒロの肉体。これを撃ち落とさんと、イリスは彼の体の中心に狙いをつけて突きの構えを取る。
大剣は再び螺旋の形を取る。彼女の最速の一撃が来る―――!
―――スキル“崩天穿戟”ッ!!
放たれた一撃は一秒の間もなく、ヒロの目前にまで伸びていく。
先程と違い、今度は紅蓮の援護はない。足場のない空中では避けることなどできはしない!
(……なんて、思ってんだろうなぁ)
鬼が、妖しく笑った。
―――“神足通”。
直後のことであった。
勝利を確信した直後、そしてヒロが笑っていたことを認識した直後、まるで脊椎に直接、氷の刃を差し込まれたような錯覚をイリスは覚えた。
突き立てた剣先はヒロを捉えず、虚空を貫いている。
彼はどこだ、などと考える間もなく、背後から声がかけられる。
「アレだ。王手、ってやつ」
限界まで鋭敏になった首の触覚が、手の形を感じ取る。
触れられてはいない。しかし、その指が己の首を圧し折るのに、刹那の間隙も要らない。
死が、自身の背後に佇んでいた。
「……ぅ、ぅうあああああああ!!!!」
雄叫びを上げ、恐怖に呑まれそうな自身を奮い立たせ、伸び切った大剣を力のままに振るう。
数百メートル先まで伸びた白の刀身は、次々と木々を切り倒しながら、その刃を背後の存在へと近づけていく。
振り返る。視線が合う。その瞳に写った彼の顔は、まるで悪魔のような笑みを浮かべていた。
再びの衝突、そして拮抗。
長大な白の巨剣を、ヒロはその腕一本で耐えていた。
否。ヒロの手の平は、巨剣に触れてすらいない。
―――“神腕通”。
紅蓮が有する六つの神通力の一つ。その性質は、強力な念動力。
確かに、純粋な力比べではヒロはイリスに負けるだろう。
しかし、神腕通による反発となれば、その力は僅かにヒロが上回っていた。
「ハッハッハッ! 楽しいな、愉しいなァ、イリスッ! お前の次の行動が手に取るように分かる! お前より俺の力の方が上回っていることを肌で感じる!
圧勝だ! 完封だ!! この戦い、俺の勝ちだッ!!!」
「グゥゥゥ……! うわああああああああああ!!!!」
なおも懸命に、イリスは大剣に力を込める。
まるで、この一撃が通らなければ後が無いとでも伝えているかのように、必死の形相で大剣をぶつける。
だが、通らない。押し返される。
―――だめだ。だめだ、ダメだ、駄目だ。
こんなところで、負けてなどいられない。
こんなやつに、敗北など許されない。
私は、私は―――
「皆の、“希望”に――――――」
じわりと、視界が赤に染まる。
「―――あ、」
眼球のどこかの血管が切れた。
同時に鼻には鉄の臭いが、喉からは鉄の味が噴き出してくる。
しまった、“紅艶血相”の時間切れだ。
いけない。いけないいけないいけない。
すぐに解除しなければ。太い動脈や脳の血管が切れたら、死んでしまう。
死ぬのは駄目だ。私は、戦い続けなければ。
そうだ。戦わなければならない。目の前の敵を、排除しなければならない。
剣を、剣は、どこだ? おかしいな? 握っていたはずなのに。
「ぅぅ……ぁあ……」
駄目だ。身体が限界だ。
視界が揺らぐ。貧血だ。頭から、脳から、血の気が引いていく。
ああ、クソ、負ける。負けてしまう。
駄目だ、駄目なんだ。私は、皆のために、勝たなくては。
勝ち続けて、皆の、“希望”にならなくては―――
「おっと」
突然、目の前の少女が、顔の穴という穴から血を吹き出したかと思えば、大剣を落として倒れそうになっていたので、つい体を支えてしまった。
これは、アレだろうか? 作者が強くしすぎてしまったから、病気とかで退場させるアレだろうか?
イ◯チとか、志◯雄とか、白◯げみたいな。
そんなメタ的なことを考えていたら、腕の中の少女はすぐに気を取り戻したようだ。
弱々しくも、自分から離れようともがいている。
「は、なせ……はな、せぇ……!」
「暴れんなよ。もう振り解く力すら残ってないじゃないか」
「うる、さい……。私は、お前の、ものになんか、ならない……。私は、まだ、負けて、ない……!」
「強情だなぁ。なんでそこまで勝ちにこだわるんだよ?」
「私は、“希望の徳”……ホープ、だ……。私は、希望に、ならないと……皆の、“希望”に……」
「…………」
正直、うわ言のように呟く彼女の言葉の意味は、まったくもって理解できない。
だけど、“他心通”によって彼女の気持ちは理解できる。自らを追い込む強迫観念に晒されていた。
俺は、彼女を抱き寄せたまま、彼女の本心を聞き出すことにした。
「“希望”ってなんだよ。なんでその“希望”にならなくちゃいけないんだ?」
「…………皆には、親がいない。前の内戦で、全員死んだ。私の父も、兄たちも、全員死んだ」
恐らく頭に血が回りきってないんだろう。
朦朧とした状態のまま、イリスは答えていた。
「私たちは……ハン族は……反逆者の烙印を押された……。反逆者の子どもが、まともに生きられるはずがない……。いずれ、苦しんで死ぬ。腹をすかせて死ぬ。誰かに殺されて死ぬ。そんなの……許せない……!」
「……だから、“希望”に?」
「そう……。私が、皆の“希望”になって、皆を導かないと……。皆が幸せになれるように、私は……私、は……」
見えてきた。
多分だが、イリスの言う『皆』とは、あの白装束の子ども―――同じハン族の同胞のことを言っているのだろう。
“ハン族の侵攻”。かつて、彼女の口から教えて貰った十年前の内戦。
それは、このユニオスに住む人達だけでなく、遺された者たちにもまた深い傷跡をつけていたのだろう。
道理で、イリスたち以外の大人のハン族を見かけない訳だ。彼らはもうとっくに死に絶えているのだから。
それで、この娘は遺された多くの子どもたちのために、その“希望”とやらになろうとしている訳だ。
そして恐らくは、その心の隙を“七つの美徳”に付け入られたのだろう。
なんとなく納得がいった。最初は節制や勇気のような悪辣さがないことに違和感があったが、この娘も利用されていたってことか……。
「………………くだらない」
抱いていた感想が思わず口を衝いて出た。
その囁きは、当然すぐそばの彼女の耳に入る。
「……なん、だと?」
「滅私奉公、大変結構。お前がなんでその“希望”になろうとしている理由は分かった。お前がどれだけ抱え込んで戦ってきたのか、もな。
結構なことじゃないか、誰かのために必死に生きてきたんだろ。そこまでのこと、俺じゃできない。それは多分、正しいことだろうし、簡単に咎められるようなことじゃない」
「じゃあ、なんで……」
「戦って、戦い抜いた先で、お前はどうなる?」
「……………………」
イリスは、即座に答えを返すことはできなかった。
「誰かのために自分を犠牲にする、それは世間一般では素晴らしいことなんだろう。だけど、それでその誰かが悲しんでたら意味ないだろ」
「………………るさい」
「お前が皆の“希望”になって、その果てに斃れて、そうしたらお前を慕う人の気持ちはどうなるんだ?」
「うる、さい」
「お前たちが目指す世界に、お前とお前たちが笑えている風景はあるのかよ?」
「ッ……! うるさい、うるさいうるさい煩いッ!!」
イリスが俺の胸を押す。
少し休んで回復したのだろう、思ったより強い力で押された俺の体は後ろへ倒れ込んだ。
身を起こしたときにはイリスは既に立ち上がり、その手には大剣が握りしめられていた。
「私は、斃れない! 私は、勝ち続ける! 負けることなど、一生ありはしない! だから、アナタのモノになんかなりはしない! 私たちは、誰の所有物でもない!」
「じゃあ、なんで……七つの美徳なんかに良いように扱われてんだよ?」
「ッ…………うるさい!!!!」
イリスの右耳に付けていたピアスが煌々と紅く輝く。
あれは、見覚えがある。そうだ、かつて彼女とともに得た“獄炎竜”の竜石だ。
そのピアスについている紅の宝玉から、イリスの持つ白亜の大剣へ、竜の魔力が注がれる。
白亜の大剣は次第に膨張するとともに赤熱し、まるで滾るマグマのように魔力がその表面を循環する。
(ヒロ、これはまずい。なんとかして回避を―――)
(紅蓮。悪いけど、今、良いとこだから。少し、黙っててくれ)
(……わかった。あとは君に任せよう)
紅蓮の忠告は正しいものなんだろう。
あんなもの、まともに受けたのでは骨すら残らず焼けてしまう。
だけど俺は、どうしようもなく、どうしても彼女をねじ伏せたいと思ってしまったのだ。
「休憩はもう充分だよな。同じ竜種なら勝って当然だろ? ライディン」
首元に下げた竜石に魔力を流す。溢れ出た天帝竜の魔力が身体に流れ込んでくる。
鬼脈紋によって強化されていた肉体に、さらに天帝竜の加護が乗る。
―――“鬼龍モード”
俺の今できる最強の形態だ。
そして―――右手に白雷、左手に黒炎。その二つを混ぜ合わせ、一つの巨大なエネルギーとする。
だが、それだけではアレには勝てない。
捻じる。延ばす。形をより鋭く、より強力に。
球を象っていたそれを、渦巻く螺旋の鏃のように変化させる。
「準備はできた。……さあ、決着をつけよう」
イリスの方も用意はできたようだ。
振り上げられたそれは、さながら北欧神話における世界の終末において巨人が振るったとされる炎の剣そのもの。
対するこちらは、例えるなら稲妻の矢。黒炎すら喰らい閃光を散らすその様は、宇宙すら灼き尽くすとされた全能の神が振るう雷霆のよう。
今、炎の剣と雷の矢が交わる。
「贋・劫火の剣ッ!!!」
「贋・雷霆の矢」
―――――――――
―――閃光が、収まる。
私は、生きているのか? ……わからない。
視界は未だ白が覆い、聴覚は耳鳴りばかりで実感がない。
……ようやく視覚に像が映りだす。
未だ、生の実感がない。目に映るのは土煙ばかり。
視界を動かしても、見えるのは黄と灰が混ざったような粉塵の海だ。
「これ……は……」
混濁としていた記憶が戻るにつれ、自身が朦朧としていたことを自認する。
そうだ。私は、戦っていた。
戦いの果てに、それぞれの奥義が炸裂したのだ。
「…………彼、は……」
自身は戦っていた。ならば相手がいるはずだ。
その相手―――不遜な態度の彼は、一体どうなった?
まさか、死ん……
「―――勝負は、」
視界が開ける。
「引き分け……のようだな」
晴れた土煙の間から彼が現れる。
立っていた。変わらず不敵な笑みを浮かべ、そこに立っていた。
肉体に巡っていた凶悪な魔力は消え失せ、土埃で全身を汚していたが、二本の足でその場に力強く立っていた。
対して、私はどうだ?
座り込んでいる。わずか一瞬であろうが、意識を失いその場に座り込んでいたのだ。
立ち上がろうにも足に力が入らない。魔力も先程の一撃で全て使い果たした。
精も根も尽き果ててしまった。
今この場にいるのは、見下ろす彼と見上げる私。
勝者は常に頭が高い方。
すなわち―――
「いいえ。……私の、負けよ」
認めざるを得ない。
我が部族の誇りをかけ、勝者と敗者の在り方は絶対。
敗者は、私だ。
「……いや。いやいやいやいや、引き分けだよ。正直、僕も立っているのが限界なんだから」
「……なに? 気でも遣ってるの? それとも辱めるつもり? 私は倒れ、アナタは立っている。どっちが勝者かなんて明白でしょ」
「そんなつもりはないよ。てか、マジで、本当にヤバ…………ぅプっ」
そこまで言うと、彼の口から血液混じりの吐瀉物が溢れ出た。直後、前のめりに倒れる。
顔面から行った。自身の吐き出した吐瀉物がそのまま彼を強く出迎えた。
受け身すら取れないそんな彼の姿に、ようやく彼の言う通り限界だったことに気付く。
「ちょ、ちょっと、大丈夫?」
私も既に立ち上がるだけの余力はないが、このまま放置するわけにもいかなかった。
赤子のように四足で彼に歩み寄る。その間も彼は地面に突っ伏したまま微動だにしない。
……まさか、呼吸できていないんじゃないか。嫌な予想が脳裏をよぎる頃、ようやく彼の下に辿り着く。
「ねえ、ちょっとってば……!」
肩を掴み、自身の体重を利用して彼を仰向けにする。
空に向けられた彼の顔は、泥と吐瀉物ですごいことになっていたが、ニヘラと情けなく笑っていた。
「ハハ……た、助かった……。ありがとう……イリス」
「……もう」
言いたいことは山ほどあったが、彼の顔を見たらそれも全て引っ込んでしまった。
今はただ、彼が生きていることに、そして、こうして話せていることが、たまらなく―――
「嬉しそうですネェ、希望」
それは、突然現れた。
二人が気付いていなかった、などという単純な理由ではない。
時計の秒針が動いたその刹那、突然、突如としてそこに出現したのだ。
二人が存在に気付いた瞬間、現れたときと同じようにその者は姿を消し、そして同時に、イリスの右耳と、ヒロの喉が裂かれた。
「アァ……ッ!!」
「ご、ぶっ……!!」
鋭い痛みとともに、血飛沫が噴き出す。
「ヒロ……!」
右耳に走る痛みに構うことなく、イリスは即座にヒロの喉元を押さえる。
奇跡的に、頸動脈に深刻なダメージはない。
否、これは敢えてだ。敢えて、即死とならないように丁寧に喉を切り裂いたのだ。
息ができない苦しみと流血により少しずつ消えていく意識をより長く味合わせるために、わざわざ狙って浅く切り裂いたのだ。
このような芸当ができる者を、そして、このようなことをする者を、イリスは一人知っていた。
「どうして……どうしてこんなことを! 答えろ! 節制ッ!!」
イリスは現れた男の名を叫ぶ。
呼ばれた男―――節制は、彼女の視線の先、十数メートルの位置に再び姿を表した。
「どうしてなどト、異なことを仰ル。我々の目的ハ、“勇者候補の確保”と“竜石の奪取”。そのためニ障害となる相手は抹殺しても構わなイ、と正義のお達しではないですカ」
節制はその顔につけた仮面と同じように、嘲るような態度で答える。
「……彼はもう動けない。戦闘の継続は不可能だった」
「それは今一時の話でしょウ。時間を置キ、体力を回復させれバ、再び脅威となりうル。それこソ、希望、アナタを倒せるほどの強者であるのなラ、弱っている今のうちに排除しようと考えるのハ至極当然の話でハ?」
イリスが押し黙る。
節制の話は筋が通っていた。筋が通っていないのは、敵であるはずのヒロを助けようとしている自分自身の姿であった。
「……なら、耳はどういうことだ? なぜ私まで攻撃する必要があった」
「オオット、スミマセン。どうやラ、手が滑ってみたいデ……」
「とぼけるな。なぜ私からまで竜石を奪う必要があったのかと聞いている」
これに今度は節制のほうが押し黙ってしまった。
「……ヤレヤレ。冗句が通じない人ですネ。まア、一言で言ってしまうのならバ“制裁”でス」
「制裁だと?」
「エエ。アナタはセンダ・ヒイロに敗北シ、あまつさえカレに絆されようとしていル。コレを我々に対する裏切リと言わずに何というのでしょうカ?」
「……馬鹿馬鹿しい。状況判断での私的な制裁、裁かれるべきはどちらかしら?」
「フム。言われてみれバ確かニ。それでハ、我らが正義に聞いてみるとしましょウ」
瞬間、明らかにその場の空気の重量が増す。
虚空には、夜の闇を称えるかのような真っ黒な渦が六つ。
そこから、人の影が現れる。
最初に現れたのは武闘大会でソテルを名乗った男―――“七つの美徳”の頭目である正義であった。
そのすぐ後に、カルキが付き従うように姿を見せる。
続けて、信仰と慈愛がほぼ同時に渦から出てくる。
最後に、眼鏡をかけた白衣の男、知恵ことヘルメスと白兎の面をつけたイナバが姿を現す。
“七つの美徳”―――その中核メンバーが一堂に会していた。
その中にあって、ヒロはさらに別のものを目にする。
カルキとイナバの両脇には、抱えられる男女の姿があった。
それは、瀕死の状態になった勇者候補たちであった。
「ユー、リ……エピーヌ……!」
ヒロが彼女らの名を呼ぶ。血で満たされた喉は声を出すたびにゴロゴロと音が鳴る。
しかし、勇者たちの反応はない。
傷ついた彼ら彼女らの姿を見て、満身創痍ながらも激しい怒りと怨嗟を乗せた視線を“七つの美徳”に―――そのリーダー格である正義に向ける。
正義はその視線を気に留める様子もなく、節制に向けて口を開いた。
「竜石は?」
「こちらニ」
節制はそう言うと正義に対し何かを投げつける。
一つはイリスの右耳ごと奪った獄炎竜の竜石。
もう一つはヒロの喉元から奪った天帝竜の竜石。
そして、最後の一つは―――
「これで勇者候補は揃った」
正義の手のひらの上で竜石とともに転がっていたのは、勝利の勇者であるジークを封じ込めた魔道具であった。
イリスは焦って自分の懐をまさぐる。しかし、自身が持っていたはずのその魔道具が見当たらない。
竜石を奪われた瞬間、同時に勇者候補まで奪われていたのだ。
「流石の手際だな」
「お褒めに預かリ恐悦至極」
「さて、あとは旋風竜の竜石だが……こちらも済んだようだ」
ザリ、とイリスの背後から土を踏みしめる足音が聞こえてくる。
イリスは即座に、ヒロは首を動かせないなか視線だけを足音がした方向へと向ける。
男が立っていた。黒一色の衣服に白い骸骨の面だけが浮いている。
それは二人にとって、正に自身を迎えに来た死神のように映っただろう。
「グ、リム……」
名を呼ぶ。しかし死神は応えない。
その死神はゆっくりと右手を突き出し、手のひらを上に向けて開く。そこには小さな蒼い石が嵌め込まれた銀の指輪があった。
これこそ、旋風竜の魔力が込められた竜石であった。
「ご苦労、グリム・リーパ。さあ竜石をこちらに」
求めるように正義が手を伸ばす。
応えてグリムが彼らの下へと歩き出す。
グリムがイリスたちの横を通る。だが、彼女は何もできない。既に戦闘を継続するだけの余力がイリスには残っていなかった。
正義の眼前までグリムが至る。
差し出された手の上に、グリムも合わせて握りこぶしを突き出す。
「……俺の仕事は……“旋風竜の竜石の入手”……それだけだったな……」
「ああ。これで君の仕事は完了だ」
「そうか……」
ゆっくりとグリムの拳が開かれる。
握られていた竜石がグリムの手から零れて、宙を舞う。
「では、もう味方ではないな」
ドプリと、音を立てて影が拡がる。
それは影による泥沼。踏み込んだ者の足を絡ませ、底なしの闇に落とす魔導であった。
だが、グリムが影の沼を展開したのはそれが目的ではない。
今、沼を突き破り、一条の銀の輝きが正義の首元に迫る。
その鋭い輝きの正体はサーベルであった。そして続いてそのサーベルの主が影の中から現れる。
白い髪。白い髭。白い肌。唯一つ、瞳に赤を灯した剣鬼―――シヴァステャンがその姿を露わにする。
「その首、貰い受けるッ!!」




