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村人Aの異世界叙事詩  作者: ユッケ=ビビンバ
第五章 闘いの詩〜大統合武闘祭編〜
105/120

第105話 ヒロVSイリス

 ―――ああ、腹が立つ。


 連戦が続いて、頭もろくに回らないせいか。

 それとも、さっきの男――シヴァステャンをけしかけられた腹いせか。


 どっちでも良い。

 今はただ、身体の裡から沸き立つ苛立ちを、頭にこびりつくモヤモヤを、拳に乗せて、目の前の少女にぶつけたかった―――



 ―――――――――



 ―――轟音が響く。


 それは地を抉る大剣の一撃に因るものか、それとも大樹を薙ぎ倒す豪腕に因るものか。

 どちらかは定かではない。というより、どちらも正なのだろう。

 ここ数分、轟音が鳴り止まない瞬間はない。

 大地が小刻みに揺れる。土埃が天高く舞い上がる。まるで花火でも打ち上げているかように、止め処無く轟音が鳴り響く。

 それは、たった二人が争っていることに因るものだった。


 その様は、まさに戦場のそれ。人の子が己の体一つで戦っているとは到底思えない光景だった。

 彼らの周囲に自生していた木々は尽くが薙ぎ倒され、大地にはまるで砲撃の痕のようにいくつものクレーターが形成されていた。

 その中心で再び轟音と土煙が発生する。


 真白の大剣と漆黒の金砕棒がかち合う。火花を散らしながら何度も、何度も、両者の得物がぶつかる。

 数度の激突の後、一層大きな衝突音が轟き、硬直状態となる。


「グ……ゥッ!」


 呻いたのはヒロであった。

 大剣そのものの重量だけではない。少女の細腕とは思えない怪力が金砕棒を通じて肉体全体にのしかかる。


「……どうして」

「あン!?」

「どうしてあなたは、そこまでして抗うの?」

「アンタが襲ってくるからじゃないかなァ!?」


 その時、腕にかかっていた圧力が一瞬だけ抜ける。直後、腹に鋭い衝撃が響く。

 蹴られたのだ。押し合いの際に生まれた一瞬の脱力、そして引き起こされた無防備な腹部への強烈な蹴り。

 なんとか踏ん張るものの、ダメージは確実に入っている。その証拠に、ヒロの口から粘着質な赤黒い液体が咳とともに滴っていた。


「……初めて会ったときも、鳩尾への蹴りだった。学ばないのね、あなた」

「ガハッ、ゲホッ……クッソ、今のはキッツい」

(ヤバい。グリムの時は搦め手を使われるから鬼人モードが通用しなかったけど、こいつ(イリス)相手には単純なパワーの差で通用しない!)


 身体能力を人のものから鬼のそれへと変貌させると宣う“鬼脈紋”の力。

 それはただの宣伝用のホラなどではなく、事実、扱うものに圧倒的な膂力・瞬発力・耐久力などを与える。実際に、約半分の出力である今のヒロの状態だとしても、大人一人を軽々と持ち上げられる程度には強化されている。


 だがしかし、問題なのは()()()()()

 彼女―――正確には、彼女の一族―――は、一切の強化術を使わずとも、そのヒロと渡り合えるだけの身体能力を有しているのだ。


(一応、パワー特化の形態なんだけどな。こうなったら更に出力上げて―――)

(ヒロ、それは良くない。()()飲み込まれるぞ)


 紅蓮の忠告により、ヒロの脳裏に嫌な記憶が呼び起こされる。

 勇気の徳(カーレッジ)との戦いの時だ。

 あの時は理性を失った完全鬼人化の状態であったにも拘わらず、純粋な殴り合いで敗北を喫した。

 仮に、イリスにもこれ以上の肉体強化の手段がある場合、後がなくなる完全鬼人化や暴走の危険がある高い出力での鬼人化は避けたい。


(……そうだな。だけど、どうする? 竜気駆動ドラゴンドライヴはまだ使えないぞ)

(考えていることは分かっている。大方、“鬼龍モード”を使って短期決戦に持ち込もうって魂胆だろ?)


 図星をつかれ、ヒロはわずかに声を漏らす。


(彼女相手ならまあ良策ではあるが、今は止めておいた方が良い。理由は、さっきと同じだ)

(……グリムやシヴァステャンが控えてる中、動けなくなるような技はおすすめできない、ってわけね)

(その通り。まあ、アイツ(ライディン)が嫌いってのもあるんだけどね)

(オイ―――)


 紅蓮の冗談に肩の力が抜ける。

 瞬間、イリスが相互間の距離を一飛びで詰め、襲いかかってくる。


(戦闘中に気の抜けること言わないでくれる!?)

(いやー、はっはっは。すまんすまん)

(それ謝るつもりのないやつ!)


 再び剣戟の音が鳴り重なる。

 戦況はヒロの防戦一方。撃ち込まれる必殺の一撃を防ぎ、躱し、いなして何とかダメージを抑えている。


(クソッ! これ以上の鬼人化もダメ。竜気駆動もムリ。もう手が無いぞ!?)

(いいや? 一つだけ残っているだろう?)

(はぁ!? ……いや、この際何でもいい! 教えてくれ、その残された手ってやつ!)

「いいだろう」


 彼が言い放ったその言葉は脳内ではなく、確かに鼓膜で感じた空気の震えだった。

 突如、足元から黒い泥のようなものが吹き出す。


 ―――ああ、そうか。そうだったな。


「俺には、心強い味方が()()()、側にいるもんな」


 地面から吹き出したのは、ヒロ自身の影だ。

 先程のグリムの自爆技よろしく、間欠泉の如く噴き出す影の怒涛に、イリスは避けざるを得ない。

 噴き出した影は、次第にその粘度を高め、より固体としての特徴を表していく。

 そうこうしているうちに、影は一つの形を取っていく。中央の物体から四本の棒が伸びていく。それらが人の四肢であることに気付いたときには、既に造形は完成していた。


 ―――影魔導“影分身”


(カルキとの試合で見せていたやつか。確か……強力な分身体を出現させる代わりに、本体が動けなくなる、とかだったはず。一度は弱点を晒している技……手こずる道理はない)


 イリスは己の武器を構え直す。直後、影分身が仕掛けてくる。

 まずは様子見。振り降ろされる金砕棒を、イリスは大剣で受け止める。

 だが―――


「ッ……!?」


 明らかな違和感、いや、これは想定外と呼ぶに相応しい。

 “影分身”の攻撃手段や弱点などは先日の試合で把握している。実際、その後のカルキの情報共有でも詳細な内容を聞いていた。

 しかし、これは聞いていない!


(攻撃が……さっきよりも、()()ッ!!)


 先程の撃ち合いよりも遥かに重い圧。ハン族である自身ですら、耐えることに精一杯なほどの怪力。

 イリスにとっては、これは初の体験であった。純粋な力で押し負けることは、彼女の十数年の人生で片手で数える程度しかなかった。

 自身に勝る膂力を持つものなど、そうそういない。いたとしても、既に先の内戦で死んだハン族の大人くらいであろう。少なくとも、幼き日に兄と力比べで負けて以降、押し合いで負けることなど一度もなかった。

 しかし、自身を上回る膂力の持ち主が、目の前に……!


(混乱してるな? 当然だ。“影分身”は影の肉体を用いて、擬似的に紅蓮を呼び出している……つまりは、(紅蓮)本人の怪力と戦うことになる。ユーリたち複数人がかりでも手こずった相手だ、俺の二倍……いや三倍は強いと思え!)

(いや、それ以上は普通にあると思うんだがねぇ)


 イリスは歯を食いしばり、下半身に力を込め、潰されぬよう懸命に粘る。だがそれも時間の問題だ。

 反撃のために一瞬でも力を抜けば、その瞬間に叩き潰される。しかし、このまま押し合いを続けていても状況は解決しない。

 相手の力量を見誤った故の逆境だ。


「くっ……このっ!!」


 瞬間、イリスの青白い瞳に赤が灯る。同時に、服の間から覗く素肌が白から薄い桃色へと変色していく。

 かつてのヒロはこの現象を見たことがあった。

 彼女の氏族―――ハン族が持つ特殊能力、“臓器を自在に動かせる力”。それを突き詰めた奥の手、“紅艶血相”。

 その効果は、()()()()()()()()


「ぅああぁっ!!!」


 雄叫びを上げ、漆黒の金砕棒を押し返す。“紅艶血相”で底上げされた筋力は、紅蓮の怪力を一時的に上回り、影の分身を大きく仰け反らせることに成功した。


(まだ!)


 影分身が体勢を崩したこの一瞬が、彼女にとっての大きな好機だ。

 イリスは即座に構えを取る。大剣を握った右手を大きく引き、反対に左足を大きく前に踏み込む。

 彼女が持つ白亜の大剣は彼女の意思に呼応し、その姿を変形させる。巨大だった刀身は見る間に細く、螺旋状に渦巻き、それはまるで針ともドリルとも呼べるような形となる。

 イリスはその状態からさらに腰を落とす。

 言うまでもない。次に繰り出されるのは、“突き”の一撃だ。


「スキル“崩天穿戟ほうてんがげき”ッ!!」


 刺突の動きに合わせ、白き剣は対象に向かい伸びていく。

 その速度たるや、放たれた矢の如く。音さえ置き去りにして伸びる切っ先に、防ぐ術を、ヒロは持ち合わせない。


(しまっ―――)

(させるか!)


 反射的に横に倒したヒロの頬に、白い刃が赤い線を引いて去っていく。

 外れた彼女の一撃は次々と木々を貫き、森の端まで伸びていった。


 避けれたのは運でも、ましてやヒロの反射神経が上回った訳でもない。

 切っ先がヒロに届くその直前に、体勢を崩していた影分身が刀身を蹴ったお陰で、僅かに軌道がブレたのだ。


「あっ……ぶねえ!」

「チッ」


 巻き尺を戻すように、伸びた刀身がイリスの手元へと戻っていく。

 僅か一秒にも満たない一瞬ではあるものの、その一瞬が彼女にとっての命取りだ。

 影の分身が崩した体勢を整える。剣が元の形に戻ったときには、既に分身は再び金砕棒を振り上げていた。

 また、撃ち合うか? 否、先程は虚を衝いたことによって押し勝ったが、それが何度も通じるわけもなし。

 膂力の差で言えば、恐らくは同等。分身こっちにかかりきりになれば、すぐにでも“紅艶血相”の時間切れが来てしまう。

 最善は、ヒロと分身の同時撃破!


(……っ!?)

「くそっ、それがあったか!」


 イリスは白剣の切っ先を、()()()()()()


「“千剣万壊せんけんばんか”!!!!」


 大地に突き立てるとともに、地中から無数もの剣が出現する。

 それらは彼女の周囲だけに留まらず、ヒロの足元にまで広がっていく。


(紅蓮!)

(チッ……!)


 影の分身は地中からの攻撃にいとも容易く貫かれ、その形を崩壊させる。

 助けてくれる存在を失ったヒロに、剣の津波は容赦なく襲いかかる―――!






「―――ハア、ハア」


 喉が、痛い。舌の奥から、鉄の匂いが上がってくる。

 喉の血管が損傷を受けたのだろう。それもそうだ、全力疾走と同等の負荷を全身の血管に加えたのだから。

 自身の大剣にもたれかかる。足に力が入らない。

 足だけではない。体中の筋肉が悲鳴を上げている。


「まさか……ここまで手間取るなんて……」


 “紅艶血相”の反動が酷い。いや、それだけではないのだろう。

 英雄級であるジークとの一戦の後に、続けざまにシヴァステャンとの戦闘。一息つく間もなく、ヒロの相手。強敵との三連戦は、流石に堪える。

 だが、これで天帝竜の竜石は確保できた。心残りがあるとすれば―――


「……殺したくは、なかったかな」

「じゃあなんで殺そうとするんだよ」


 顔を上げる。その表情は、幽霊でもみたかのよう。事実、彼女の心持ちはそうだったのであろう。

 殺した。確かに殺した、はず。全方位に向けた必殺の技。避けられるわけもなし、そもそも彼には防御手段が失われてたはずだ。

 なのに、なぜ―――?


 “千剣万壊”によって発生した土埃が晴れていく。

 晴れた先には、文字通り剣山と化した光景。そして、その剣の山に立つ黒い鎧武者の姿だった。


「……どうやって」

「……お前が壊したと思ってる“影分身”さぁ、あれ、本当に自分の攻撃で崩れたと思ってんの?」

「なに?」


 武者は剣の先を器用に足場にしながら、ゆっくりと歩き出す。


「さっきの攻撃……“千剣万壊”は一度見ている。その予備動作もしっかりとな。来るって分かってて、影分身で対処可能じゃないって分かってんなら、いつまでも出す必要ないでしょ。だから解除して、“黒漆甲”で防御したってわけ」

「……解除から別の技の発生が早い。たとえ解除と発生が同時だとしても、影魔導で操れる影の総量には限界が……」

「それに関してはグリムに感謝だな。特訓の賜物だ。つーか、試合でも同じようなことはしてたでしょ」

「…………」

「質問は終わりか? じゃあこっちの番だな」


 武者が己の鎧を脱ぎ去りながら、最後の剣から大地へと足を下ろす。

 必然的に、両者は顔を突き合わせるまでの距離へと来ていた。


「……散々、人のことを殺そうとしてきて『殺したくない』なんて、どの面下げて言ってんだ?」

「…………」


 少女は黙りこくる。

 睨む紅い瞳に耐えきれず、ふいと目を伏せる。

 少年の表情は変わらない。

 怒りとも侮蔑とも取れる冷酷な瞳で、視線を外した顔を見下ろす。


「お前のその手際、今まで殺しをしたことない人のそれじゃなかった。的確に急所を狙ってくるし、躊躇が一切ない。たとえ人を殺したことがあっても、一人や二人じゃないだろ」


 伏せた目はさらに深く。まるで叱られている子どものように、深く項垂れる。

 ヒロの言葉を心で噛み砕くかのように数秒の沈黙の後、ようやく白い髪のカーテンの奥から言葉が零れた。


「………………そうよ。私たちに仇なす者や邪魔する者、そういった奴らを尽く消してきた。私のこの手でね。あなた達からしたら、私は悪魔に写るでしょうね。……悪魔。そう、悪魔よ。あのハン族の子どもなら、悪魔の子って呼び名が相応しいわ!」


 白いカーテンが開かれる。

 その先には歪に口角を上げながら、目を潤ませる少女の顔があった。

 嗤っているのか。嘆いているのか。どちらとも取れないグチャグチャな表情で、グチャグチャな感情を目の前の少年にぶつける。


「私だって、殺したいと思って人を殺めてるわけじゃない! それ以外に方法がないから、そうせざるを得なかった! あなたには分かる!? 生まれた時から謂れのない罪を償わされる辛さが! 敗北した者たちの苦しみがっ! あらゆる権利を認められないこの痛みがっ!! あなたにはっ、分かるっていうの!!?」



「くどい。俺が知るかそんなモン」



 少年の、冷酷なまでの無表情が崩れる。

 崩れたその顔は、どこまでも他人事のような、酷くつまらなそうな表情であった。


「つーか、すまん、途中から聞いてなかったわ」

「……………………は?」

「要は、アレだろ? ひっぱたかなきゃ分からないから、ひっぱたいたー……ってな感じ?」

「……そうよ。私たちハン族は力でしか抵抗できなかった。だから暴力を振るった。それの何が悪いって言うの!?」

「いや、別に良いんでね?」

「…………はぁ?」


 自身と相手との熱量のあまりの差に、イリスは思わず気勢が削がれた声を漏らす。


「まあ、なんだ、つまり俺が言いたいのはな。したくもねえことやって、勝手に悩んで苦しんで、可哀想なお姫様ムーブかましてるその態度が気に食わねえ、ってことなんだわ」

「……私が、かわいそうなフリをしてるってこと?」

「うん」


 言い切る。清々しいくらいまでに、言い切ってのけた。

 当然、それはイリスの逆鱗に触れる。


「……ふざけるな! じゃあどうすれば良かったていうの!? 私たちは……私は、一体どうしたら……!」

「逃げちゃえば?」


 またもや言い切る。完全に他人事の態度だ。


「……ふざ、けるな。ふざけるのも……大概にしろ! 無責任なことをっ! 何も知らないくせにっ!」

「だから知らんて。だからこそ無責任なこと言えんだろ。抱え込みすぎなんだよ、お前。良いじゃねえか、何も考えずに好きに生きれば」

「……逃げたとして、どこに行けばいいのよ。組織から逃げて、同胞を裏切って、どこに行けって言うのよ!!?」

「あー、じゃあ、俺ん家くる?」

「は?」


 これには流石にイリスも耳を疑った。

 そして、聞き取った音声が一字一句間違っていないことを理解して、こう思った。


 ―――コイツ、この状況で冗談を言っているのか!?


 だがしかし、当の本人は至って真面目な雰囲気であった。

 腕を組み、ウンウンと頷きながら、納得したような表情でブツブツと呟いている。


「うん、そうした方が良い。正直、さっきから『クール系美少女が感情ダダ漏れにして顔を歪ませてる様ってイイヨネ。わかる』って思ってたとこなんだよ。それにチラチラと見えるお臍やら太腿の絶対領域やら、こう、フェチに刺さるし……」


 なんのことを言っているのか分からないが、イリスは今までに味わったことのない種類の恐怖を感じた。

 一方で、ヒロのこの様に、彼の内面にいる紅蓮は違和感を覚えていた。


(おかしい。さっきから普段の彼では言うはずもない大胆な……突拍子も無い発言ばかりだ。理性が外れて、発言に枷がかけられていない。これは……連戦で頭に血が上りすぎて(ハイになって)いる……? いや、逆に血を流しすぎて朦朧としているのか?)


 考えを巡らせる。その最中、ヒロのある変化に気がつく。


(鬼脈紋な展開率が上がっている……? まさか、飲まれかけているのか? ……いや、違う)

「よし、じゃあこうしよう」

(これは、そういうことか。()()()()()()()()()……!)

「今から戦って俺が勝ったら、」




「お前、俺のモノになれ」

「………………はぁあ!??」

(鬼化に()()してきた!)

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