第104話 電撃戦
大統合武闘祭 最終日。突如“七つの美徳”による襲撃が発生する。
団体戦の舞台である“浮島”で孤立無援の中、状況を察し行動を開始するフルーランス代表たちだが、突然、同じく代表のエピーヌとルイが謀反を起こす。
彼らと戦おうとする最中、ヒロは謎の触手によって連れ去られてしまう。
連れ去られた先に待っていたのは、ヒロと同じく影魔導の使い手であるグリム・リーパであった。
東シュラーヴァ共和国。
この国には、二つの軍事組織が存在する。
一つは、護国のためその力を振るう“表”の組織、“聖竜騎士団”。
もう一つは、治安維持のため暗躍する“裏”の組織、“死神部隊”。
特に、“死神部隊”においては、国の暗部組織というだけあり、その構成人数、規模、実働内容、活動拠点、そのどれもが伏せられている。
死神グリム・リーパは、その死神部隊を率いる部隊長である。
当然、彼の素性・経歴・本名・素顔は、直属の上司たるシュラーヴァ首相しか知り得ない。
だがしかし、彼の背負う過去、彼の抱く野心、そして反旗を翻し自由となった彼が何を思い、何を為そうとするかは、誰であろうと知ることはできない―――。
鬱蒼とした森の中、二人の男が対峙する。
双方ともに、自らの影を操る影魔導使い。しかし、その在り方は対極であった。
自身の肉体に影の鎧を纏わせ、防御と共に身体能力の向上を図るヒロの影魔導。
対するグリムの影魔導は、自身の周囲に影の触手を展開し、攻撃手段と純粋な手数を増やすものだ。
互いに――客観的にではあるが――師弟の間柄。お互いの手の内……とりわけ、影魔導の扱い方については知り尽くしている。
とはいえ、グリムのほうが技量も繊細さも遥かに上。これは年季が物語る覆しようのない差だ。
(どうするヒロ? このまま影魔導の勝負では、彼には勝てないぞ)
(んなこと言われずとも分かってる。技量じゃ圧倒的にあっちが上だし……それに、使い方の相性が悪い)
(……ほう)
心の中で響くその声だけで、紅蓮がニヤリと頬を歪ませたのを感じ取る。
ただの勘ではあるが、恐らくは合っていたのだろう。まるで、求める正答を用意したうえで、あえて質問してくる中年のような声の調子で、紅蓮は語りかけてくる。
(して、どのように悪いのだい?)
(お前……分かってて聞いてるだろ)
(さあ? ねえ?)
(ったく……。多分、だけど、グリムは相手の影魔導を侵食して操ることができる)
(その根拠は?)
(さっき、こっちに連れてこられたとき、俺たちの“黒漆甲”がヤツの影魔導に取り込まれて、一体化していた。取り込む条件は無制限かどうかは解らないけど、少なくとも身に纏う影の鎧は、そのまま体を縛り付ける拘束具になりかねない、ってことだ)
事実、ヒロの予想は的を射ていた。
グリムは己以外の影すらも取り込み、己のものとして操作することができる。
バカ正直に影魔導で挑んでいたのなら、手も足も出せずに終わっていたことだろう。
―――影魔導は使えない。
ヒロはすぐさま“黒漆甲”を解除し、肉弾戦に備える。
(うん、君にしては上出来だ。及第点、ってところかな)
(及第点って……。じゃあどうしたら満点なんだよ)
(影魔導の勝負に出なかったところは褒めるべき点だ。しかし、もっと相手をよく観るべきではある。
よく観察しろ。見聞きしたものだけでなく、感じたことすらも。現在の情報だけでなく、過去の記録まで、洗いざらい全てを、だ)
忠言を受け、ヒロは頭を回す。
見聞きしたものだけでなく、感じたものも。今現在の情報だけでなく、過去にあった交流の記憶にすらも。
何か、無いか。
何も、無いか。
……本当に?
現在の情報……。グリムの周囲には無数の影の触手が展開している。
あれに掴まれるとヤバい。一度絡みつかれると、鬼人モードをもってしても抜け出すのに数秒を要する。
過去の情報……。たった数日の影魔導の訓練、団体戦での騎馬戦、そして初日の個人戦……。
その時の状況、戦法、そこから得られるあらゆる情報。
そうして、一つの結論に行き着く。
(―――そうか)
ヒロの目元から朱い隈取が引いていく。
代わりに首元にぶら下がった竜石から、眩いばかりの青白い稲妻が迸る。
それらはヒロの肉体に走り、彼に雷の力を与え給う。
彼が導き出した答えは―――
(……満点だ)
それは、ヒロが持ちうる最適の解であった。
鬼人モードの特徴である高い身体能力と驚異的な膂力。しかしそれは、拘束や搦手を得意とするグリムには有効打とは言えない。
ならば、その逆。力で駄目なら敏捷性と機動力で翻弄すれば良い。
その点で言えば、この形態は鬼人モードを大きく上回る。
「―――“竜気駆動”。第一段階、完了」
ヒロの全身に天帝竜の力が満ちる。頭部には漏れ出た雷の魔力が竜の角を形取る。
雷霆の権化たる天帝竜の電気は筋肉を刺激し、神経の電気伝達を促す。
結果、旋風竜に次ぐスピードを使用者に与える。
「……凄まじい。それが……天帝竜の竜石の力、か……」
「……行くぞ。グリム」
瞬間、堰き止めていた水が決壊するかのように、無数の影の触手がヒロが立つ一点へと押し寄せる。
一つ一つが野を駆ける狼と匹敵する速さを誇る。瞬き一つのうちに、ヒロの体を串刺しにする速度だ。
しかし、今のヒロはそれらより格段に速い。
閃光が走る。それは、彼の体から漏れ出す稲妻の残光が織りなした軌跡なのだと、一拍遅れて理解する。
鋭角な軌跡を残しながら、触手の合間を縫い、それはグリムの背後へ至る。
(っ、背中を―――!?)
背中を取られた。そう認識できた時にはもう手遅れだ。
速度を乗せた蹴りがグリムの背面に襲い来る。
(取った!!)
―――事実、この一撃を持って決着へと至ったのだろう。
グリムの奥の手として、自身の影を噴出させる自爆まがいな技を持っているが、それすらも間に合わず直撃していたであろう。
喰らえば最後。雷を纏ったヒロの蹴りは、触れればその電圧により全身の自由を奪う即席のスタンガンとなる。それだけに収まらず、流し込まれる竜の魔力によって魔力の制御も困難となるだろう。
身体の自由もきかず、影魔導も使えなくなる。動けなくなったところで捕縛され、それで決着だ。
だが、そうはならなかった。
それは、油断、だったのだろう。
勿論、グリムに対しては一切の油断も慢心もしていない。
しかし、それ以外。この状況に乱入してくる者には、意識を全く向けていなかった。
突如として、樹木で形成された壁を破り、転がり込んでくる白い影が二つあった。
轟音と木々の破片を伴って現れた突然の闖入者に対し、ヒロの動きが僅かに鈍る。
本当に、僅かな隙だった。だが、その僅かな隙をついて、グリムの影が膨張し―――
(しまっ―――)
そして、爆ぜた。
「ガぁッ!!」
状況は一転、不意の反撃に対応できなかったヒロは大きなダメージを受けることになる。
彼の体は大きく吹き飛び、太い樹木の一つに背中を叩きつけ、その樹木をへし折ることでやっと動きを止める。
一拍の後、砕け散った樹木だったものの間から、ふらふらとした足取りでヒロは立ち上がる。
防御も受け身もまともにできなった彼は、やはり相応の痛手を負ったようで、体の至る所から血を流しながら、まさに死に体といった様相であった。
「くっそ……。一体何だ、さっきのやつは……」
ヒロの怒りは戦いに水を差した謎の白い影に向けられた。
当の白い影たちは、さもヒロたちを気にもかけない様子で、金属音を奏でながら自らの武器を打ち合っていた。
そのうちの一つに、ヒロは見覚えがあった。
かつて、ともに困難に立ち向かった強烈な思い出を想起しながら、彼はその名を叫ぶ。
「イリス!?」
「っ!? あなたは……!?」
「む、これは……!」
「……面倒な、ことになった」
ヒロの叫びを呼び水に、四者の動きが完全に停止する。
打ち合っていた二人―――イリスとシヴァステャンも、ようやくヒロたちの存在に気づいたようだ。
さて、戦いに小休止が挟まれたことによって、その場にいる者すべての脳裏に同じ考えが巡ることになる。
“誰が味方で、誰が敵か”
(イリスがいる……ってことは、やっぱこの件は“七つの美徳”絡みか……。いや、それよりも―――)
(まさか迷い込んだ先に竜石保持者がいたのは僥倖だった、けど―――)
(状況を鑑みるに、フルーランスの少年とあの影魔導士が戦闘していたところに乱入してしまった、といったところか。しかし、あの少年……姫様の名を知っているということは―――)
(……さて……どう、動いたものか―――)
四者四様の推察は巡る。
(あっちのリドニックのオジサンは味方、でいいんだよな……?)
(グリムはこちら側の伏兵……彼に悟られると拙いか)
(あの少年は姫様の素性を知る者……すなわち、姫様の仲間の可能性が高い)
(………………)
考えは大凡まとまった。次に取る行動で、状況は大きく変わる。
静寂を壊したのは、ヒロだった。
「リドニックのおっさん! 僕は―――」
「ヒロッ!!」
ヒロの言葉はイリスに阻まれる。そして―――
「助けて」
―――やられた。
状況は確定した。直後、シヴァステャンが動く。
恐ろしい形相を浮かばせながら、一切の容赦を捨てきったサーベルの一撃を持ってヒロへと襲いかかる。
怨敵を誅するが如き殺気を纏ったそれは、通常のヒロならば声を上げることすらなく首を寸断されていただろう。
しかし、元より天帝竜の竜気を纏っていたことが功を奏した。竜気によって底上げされていた反応速度がシヴァステャンの太刀筋を上回り、既のところで回避に成功する。
首の薄皮一枚切られたヒロは、身の危険をこれほどかと言わんばかりに察知し、大きく後ろへ飛び退る。
だが、これにシヴァステャンは追い打ちをかける。
ヒロの身には天帝竜の力により、人の目で追ってやっとという敏捷性を得ている。
だが、この男はそれに追従する足の速さを持ち合わせていた。
(嘘だろ!? なんつぅ身体能力だよ!?)
驚くのも束の間、初老にも差し掛かろう白髪の老執事は、ヒロを追いかけつつ鋭さを衰えさせない剣閃を無数に浴びせかける。
これを間一髪で避けつつも、長くは持たまいとヒロは判断する。
先程のグリムの一撃によるダメージがまだ落ち着いていない。今すぐにでも足を止めて、大きく息をしたいところではあるが、そのような隙をシヴァステャンが与えてくれる訳もない。
「ちょ、待っ、話を、聞い、」
「話合いなど無用! 貴様らは今ここで死ねいッ!!」
ヒロの眼前に銀の剣閃が通り過ぎる。
今のは本当に危なかった。先程よりもサーベルとの距離が縮まっている。
このまま避け続けても、いずれは彼の剣が届くのは目に見えていた。
「ク……ッ! ク・ソ・がーーー!!!」
ヒロは自らに纏っていた竜気を放出する。すなわち、全方位に向けての放電だ。
これにはシヴァステャンも堪らず、距離を取る他ない。
シヴァステャンは電撃の有効射程外まで避難すると、再び構えを取る。
放電が終わる。しかし、シヴァステャンが攻撃を再開することはなかった。
距離を強制的に取られたことによって、ここから追いかけても追いつくことはできないと理解しているからだ。
ならば、今は攻めに徹するより受けに回り、相手が攻撃を仕掛けてきたタイミングで倒す方が賢明だと判断したのだ。
当の相手―――ヒロの方は息も絶え絶え。竜気駆動も先程の放電で解除され、ただの平凡な少年へと戻っている。
吹けば今にも倒れそうな状態。だが、油断はできない。
武闘祭での数度の試合を通し、彼が勇者候補を始めとした数多の戦士に並ぶ実力を持っていることは把握している。
攻撃は時に、最大の弱点を生み出す。下手に攻撃を仕掛け、反撃を受ける愚を彼は取らない。
確実に当てることのできるその時を狙いすまし、ただじっと構えるばかりである。
「はあ……はあ……話を、聞けってば……」
「何度も言わせるな。敵の話など聞く耳は持ち合わせていない」
「だから……敵じゃ、ないんだって」
「吐くならもっとまともな言い訳にしろ。貴様は姫様の……イリス様の名を知っていた。それ即ち、貴様が姫様の仲間であることの証左に他ならない!」
「……? 姫、様……? イリスが、か……?」
「とぼけよって。その汚い口でそれ以上、イリス様の名を呼ぶんじゃない!」
再び、シヴァステャンがその凶刃をヒロに向ける。
その声色こそは激昂しているが、繰り出される剣技に怒りによるブレは一切無い。
(あ、これは無理―――)
竜気駆動に追いついていたあの速度そのままに、シヴァステャンが襲い掛かる。
何の強化もしていないヒロに、これを捌く術は、ない。
眼前にサーベルの形を纏った死が迫る。
―――ガィンッ! と、そのような音だった気がする。
不意に瞑った瞼を恐る恐る開いていみると、シヴァステャンが大きく目を見開き、サーベルを天高く振り上げていた。
その姿は今から振り下ろすための予備動作、といった様子ではなく、まるで壁に弾かれたかのように大きく仰け反ったものだ。
見開かれた目は驚愕を呈し、その視線は自身ではなく、自身の背後へと向けられていた。
「そいつは……俺の、獲物だ……。横取りは……許さない」
シヴァステャンの視線の先から、聞き覚えのある声が響く。
この特徴的な話し方は……。だが、なぜ彼が……?
状況は整理できないまま、ヒロは声のした方向へと目を向ける。
そこには予想通り、影の触手を従えたグリムがいた。
「邪魔立てするな! グリム・リーパ! この少年は私が始末する!!」
「……邪魔は、貴様の方だ……。何度も……言わせるな……。この男は……俺の獲物、だ……!」
グリムを取り巻く影の触手が蠢いたのも束の間。それらは一斉にシヴァステャンに向かって押し寄せる。
シヴァステャンはこれを自慢のサーベル捌きで叩き落し、斬り伏せるが、ヒロとの距離は引き離されてしまう。
触手の猛攻は止まらない。シヴァステャンの攻撃範囲からヒロが脱してもなお、執拗に彼を追い立てる。
十分にヒロから離れたことを確認すると、グリムはようやく、ゆっくりと動き始める。その爪先の向かう先は、ヒロの下だ。
ヒロはすぐさま体を起こし、再び竜気駆動を行おうと魔力を竜石に回し始める。しかし、一度解除された状態で、再度竜気駆動を行うには、相応の時間を要する。その間は無防備な状態だ。
(どうする……? どうする!? 竜気駆動はすぐにはできない! 魔力が溜まるまで鬼人モードで凌ぐか……いや、駄目だ! 鬼人モードを維持して戦いながら、竜石に魔力を溜めるなんて繊細な芸当、僕には出来ない!)
まさに、絶対絶命。天敵に魅入られた兎の心を、ヒロは理解した。
考えている間にもグリムは近づいてきている。そうして、互いの指先が触れ合える距離にまで来てしまった。
ヒロの目元に赤い隈取が浮かび上がる。
「………………」
グリムの視線がヒロに突き刺さる。仮面に隠されたその表情は、どのような感情を表しているのだろうか。
冷徹なまでのその視線に、ヒロは眉間に皺を寄せ、目尻を釣り上げ、反抗するような視線を返す。
だがそれも、小型犬の威嚇のような無意味なものだ。状況は、グリムの圧倒的優位。
グリムはヒロを一瞥し、そして、視線をシヴァステャンに移した。
「……は?」
惚ける間もなく、グリムはヒロの横を通り抜ける。
一切の関心を向けず、そのままシヴァステャンの元へと歩みを進める。
「……なんのつもりだ?」
「何が……だ」
「お前は! 僕と戦うんじゃなかったのかよ!?」
グリムの行動も、言動も、何もかもが理解できなかった。
自身を襲ってきたかと思えば、窮地から助けるような真似をした。自分の獲物だと宣っておきながら、その獲物である自身に関心を向けない。
疑念は、行き場のない憤りへと変わっていた。
「……勿論……戦う、つもりだ……。ただ……その前に、邪魔者を排する……。……それだけだ」
「僕はその後、ってことか」
「………………」
再び視線を向けてくる。その行為と沈黙は、肯定を表しているのだろう。
グリムは僅かに見つめてくると、顔を前へと向ける。その後は振り返ることなく、シヴァステャンが消えた森の奥へと潜っていった。
ヒロの周りに、静寂が戻る。グリムとシヴァステャンが消えた森の闇の奥から、剣戟の音が遠く聞こえる。
戦闘が完全に終わった訳では無いが、しばしの休息が与えられたことを遅れて理解し、ヒロはほっと息を吐き出す。
(まったく、運が良いね君は)
(“運が良い”ってよりは“悪運が強い”ってのが妥当だと思うんだけど、この場合……。まあ、ともかく―――)
一息ついたかと思えば、ヒロのその表情からは厳しさが抜けていない。彼の目元には、未だ朱い隈取が残されている。
「―――いい加減出てこいよ。イリス」
ヒロは森を構成する樹木の一つに声をかける。
その樹木の裏から、己の名を呼ばれた少女が姿を表した。
「……グリムめ。どうして雇われは勝手な行動ばかり起こすのかしら」
「さっきはよくもやってくれたな。ぶん殴られる覚悟は勿論できてるんだろうな?」
「女性を殴るなんて、野蛮ね。戦士どころか、男の風上にも置けないわ」
「悪いけど、僕が生まれ育ったところは男女平等が謳われてるんだよ。男が女が〜、とかは時代遅れなんだぜ?」
「ああ、そう。そうやって価値観を押し付けるのがアナタの故郷の習わしなのね。なんて傲慢なのかしら」
「ハハッ、随分とキレキレじゃないか。どうした、アノ日か?」
「…………」
「…………」
空気が、張り付く。
「アナタを殺すわ」
「やってみろよ」




