第10話 とある駅での物語
大きな街道に何台かの馬車が見える。その中には僕らの馬車も含まれている。
ここはフルーランスの首都パリリーとアイゼンラントの首都バリンとを繋ぐ大街道である。
僕達はその街道の途中にある“テッセン”という街に向かっている。
テッセンは周りの都市も含め、ユニオス最大の“大工業都市群”として有名らしい。
特にテッセンは武器の製造に力を入れている街だ。
巨大な炭田と良質な鉱石が大量に採掘できる鉱山がある。
街の男の人口の八割が鉄鋼業に関わり、女性も半数がそれに関わっているという鉄の街だ。
しかも人口の半分が鍛冶が得意なドワーフ族だという。
何故僕らがそこへ向かっているのかというと、それは数日前に遡る。
悪魔の胎児護衛から帰還した翌日、僕とゴウラ、アリスはギルドの沢山ある机の一つに座っていた。
ユーリに“クリスからの手紙が来たから今すぐ集まってくれ”という報せを貰ったからだ。
しかし当の本人は“七つの美徳”についての情報を騎士隊本部へ訊きに行った為、僕らはギルドで待ちぼうけを喰らっている。
「なあ、まだ帰ってこないの?」
「まだ帰ってこないわね……」
「かれこれもう二時間近く待ってんぞ。もうすぐ昼飯の時間だ」
するとギルドの扉が開く。
ユーリかと思いそちらを向くが……、違った。筋骨隆々の……女?
黒い髪をツインテールにまとめ、女性らしい道着を着ているが、体格や顔付きは男のそれだ。女装趣味か?
その女装武闘家は僕らの方に歩み寄ってくる。近くに仲間でも居るのか?
そんな事を考えていると、女装武闘家は僕のすぐ横で立ち止まる。
野太い声で話しかけてきた。
「あら、久しぶりじゃない、ゴウラ、アリス。ユーリとクリスは何処かしら?」
「よぉ、リンじゃねぇか。クリスは実家に帰省中、ユーリはケイロンのとこへ行っている。で、俺らはそいつに呼び出されたまま二時間待っている最中だ」
「苦労しているわね、アンタんとこ。……ん? アナタは確か……」
武闘家が僕に気付き話しかけてくる。
僕はその人を見上げる形で座っているが、それでも大きいと思える程巨大だ。
近くで見ると、より筋肉の付き方が明確に解る。
服の上からでも分かるほど発達した胸筋と腹筋、僕の腕の三倍はあろうかという上腕の筋肉、それよりも巨大な大腿部の筋肉、首は顔が二つ入りそうなほど筋肉で肥大化している。
若干ビビりながら自己紹介をする。
「せ、泉田緋色です」
「ええ、知っているわ。貴方がお姫様と来たときそこに居たもの。私は武闘家のシャオ・リン、リンって呼んでちょうだい」
リンという名の武闘家はニコリと笑顔を見せる。
良かった、オカマっぽいけどいい人そうだ。
「あ、そういやヒロ。その娘、女の子よ」
「……え? だって、え!?」
「あぁ、やっぱりね。ちょっと待ってて」
そう言うとリンは片手に付けていた、宝玉が埋め込まれている金属製のバングルを外してみせる。
その瞬間、リンの体がスルスルと萎んでいく。
あっという間に僕と同年代位の小柄な少女に変わる。
僕が呆気に取られていると歳相応の声で少女は話し始めた。
「これは“ターカタバル”ていう腕輪でね、力のステータスを著しく上げる魔道具なのよ」
「それと生来の武闘センスのお陰で“英雄級”の一人に数えられているわ」
「その代わり見た目はオッサンになるがな」
「それが悩みなのよねぇ」
なるほどね、その魔道具で見た目がゴツくなるけど英雄級に……
……ん? “英雄級”? それってユニオス最強の五人ていうあの英雄級?
恐る恐る訊いてみる。
「え、あの、リン……さんはあの英雄級なんですか?」
「ええ、そうよ」
リンはあっさりと肯定する。
僕はもう一度呆然とする。
そんな事をしているとまたもギルドの扉が開く。
今度こそユーリだ。
「皆ゴメン! 遅れちゃった! あ! リンちゃん、その姿久しぶりだー!」
「私に会うのも久しぶりなんだけどね。相変わらず元気そうね」
「うん! 元気は僕の代名詞だし!」
「おう、遅えぞ。“七つの美徳”について何か分かったか?」
「ううん、中央本部も分からないって。今、それに向けて特別な調査隊を作ってる最中だって。そういえば何でヒロは口を開けたまま動かないの?」
「色々あったのよ」
暫くして僕が驚愕の彼方から帰ってくると、クリスからの手紙の話になった。
「これが今朝、僕の郵便受けに入っていた手紙」
そう言ってユーリが取り出したのは開けた後の封筒、その中には上質紙の便箋が入っている。
そこにはつらつらと長い文章が書かれてある。
目的だけ抜き出すと“困った事になったから可及的速やかにこちらにいらして下さい。あとヒロは必ず連れてきて下さい”と書かれてあった。
何故僕なのかという疑問は残るが、頼られる事は別段嫌という訳ではない。逆に少し嬉しい。
「今日呼んだのは皆の予定を確認するため。なるべく早くクリスを迎えに行きたいから、今日にでも出発しようと思っているんだけど」
「アタシは何時でも行けるわよ」
「俺も別に構わねぇ。けどよ、一番の問題はお前だぜヒロ」
「僕も大丈夫。少し待っててくれれば馬車の準備も出来るし」
「それ、私も行かせてもらっても良いかしら」
ムキムキマッチョに戻ったリンが訊いてくる。
小さい姿で良かったのに、と残念に思う。
「良いけど……でも何で?」
「私のパーティ、今全員出払ってて暇なのよ。それにあの娘とは仲が良いからね」
そういう事でリンがパーティに臨時加入し、クリスの実家“ラインハルト家”があるテッセンに向かうことになった。
そういう訳で僕達はテッセン郊外にあるラインハルト邸を目指している。
そして今はテッセンに行くまでの最後の駅で休憩中だ。
この“駅”というのは現代の電車の駅とは違い、疲れた馬を休ませ新しい馬に交換する為にある。
「ねー、もう四日目だよー。何時になったらクリスの家に着くのー?」
「ここが最後の駅だから、早くて一時間くらいでテッセンだ。そこからクリスの邸宅に向かう。馬を交換したらすぐに出発する」
「えー! まだかかるの!? もうお尻が痛いよ」
能力“地理理解”はカーナビのように目的地を入力すると、自動で距離や安全な道のり、到着時刻まで解るようになっている。
実に便利なアビリティだ。
幌馬車の中からユーリがブーブー文句を言っているが、無視して馬の交換を進める。
すると横から老人が話しかけてきた。
「もし、旅のお方。テッセンに行かれるのかな?」
「……? はい、そのつもりです」
「おお、ならば老いぼれの頼みを一つきいてはくれんか?実は馬車が壊れてしもうての。孫娘に荷物を届けたいんじゃが、持っていってくれんか?」
その老人は腰を大きく曲げていかにも高齢そうではあったが、肩幅は広くしっかりした体格だ。
その翡翠色の目の奥には力強い何かが宿っているように思えた。
翡翠の瞳、薄くなった金髪、尖った長い耳、しわくちゃだが整った顔立ちから噂に聞くエルフ族であろう。
それに後ろで若いエルフ達が馬車を直しているのが伺える。
しかし聞いた話によると、自然と共に生きるエルフ族と自然を減少させていくドワーフ族は仲が悪いと聞く。
この人の孫娘と言うからには十中八九エルフだろう。
そんな娘が何故ドワーフだらけの街に?
これは何か事情があるのだろう。
僕がその依頼を承諾しようか悩む前に、ユーリが即決する。
「いいよ、おじいちゃん。荷物を届ければ良いんだね」
「ちょ、待てよユーリ!」
「おお! ありがとうございます! 今、荷物を運んできますね」
おじいさんの方もすっかりその気で話を進めている。
少し頭が痛くなってきた。ケイロンさんの気持ちが理解できる。
〔大変そうだなヒロ〕
(お前まで出てくんな)
本当に出てくんな。
僕の影が動き出し紅蓮があらわれる。
その見えない表情はニヤけているように思えて仕方ない。
〔いきなり酷いな。君と私はまさに一心一体じゃないか。それなのにそんな相手を―――〕
(ハイハイ。それより何のようだ?)
〔別に? ただ嘲笑いに来ただけだけど。それより早く撤回しに行った方が良くないか?〕
(そうだな。分かったから引っ込んでいてくれ)
僕のその言葉に紅蓮は素直に引っ込む。
その事に不信を抱くが、今はお爺さんに弁解しないと。そのためにもお爺さんを探さない……と…………
その光景を見た瞬間、紅蓮が素直になった理由が分かった。
エルフ達が馬車に荷物を積み込んでいる。ユーリまで手伝っている。
しまった、やられた。
アイツはお爺さんが荷物を持ってくるまでの時間稼ぎをしてやがった。
わざわざ乗せた荷物を降ろせとは流石に言えない。
「ありがとうございます。助かりました」
「……はぁ。分かりました、運びましょう。その代わり荷物の中身を教えて下さい」
「中身……ですか?」
「はい。知らない間にヤバイ物を運ばされていたら大変ですからね」
そう言うとエルフ達は何やら話し合いを始めた。
おいおい、もしかして本当に危険な物か?
そんな事を考えているとお爺さんが説明してきた。
「鉱石です。なんでも武器を造るのに必要だとかで」
「……確認しても?」
「どうぞ、構いません」
幌馬車に積まれた袋を確認する。中には石ころばかりだ。
僕にはそれが鉱石なのかは判別し得ないが、危なくはなさそうだ。
「大丈夫そうですね。これは何処に運べば良いんですか?」
「はい、それは―――」
お爺さんから聞いた住所を“地理理解”に入力する。
同時に買い物に行っていたゴウラ達も帰ってくる。
「おーい、買ってきたぞー」
「ああ、じゃあ馬車に積んどいてくれ」
「あいよ。……ん? 何だこの荷物?」
「あー、成り行きで……。というかユーリのせいで、な」
そう言うとゴウラはすぐに納得してくれたようだ。いつも振り回されているだけはある。
そんなこんなでゴウラ達が荷物を積み込んでいる間に、馬の交換も既に終わっている。
さて、そろそろ出発するか。
馬車は再び動き出した。




