君の影を探してる
【登場人物】
<カタストロフ>
・佐月慎也/サツキ
本編の主人公。コードネームは<破壊を灯す青>。
・里山モネ/モネ=フィーヴァル
本編のヒロイン。政府に勤める裏で、政府反逆テロ組織<カタストロフ>を運営する。
・サリカ
盲目の少女。回復魔法の使い手。あらゆるものを見る視認の能力も持つ。
・カディス
髪の長い男性。あまり話さない。能力は氷で剣を作る。
・カノン
左目にサツキの瞳を持つ。能力は相手の活力の吸引と失った体の部位の再生。
<禁忌の赤い箱>
・夏目 雅之
小学生の頃からサツキの唯一の友人だった。サツキを<エラ・ステラス>に誘った本人。良からぬことを企んでいる。
・レイア/リア・シェイク
<禁忌の赤い箱>のリーダー。
「あーあ、バレちゃったかなぁ」
俺はソファに凭れる。マンションのゴミ捨て場から拾ってきた粗大ゴミだ。綿は駄目になっていて、座り心地は最悪だ。俺が体重を預けると、穴が空いたところから、ぷすっと、間の抜けた音が出た。
「で、どうするつもりなの。夏目雅之」
「今はその名前で呼ぶのはやめてくれよ、リア。俺のコードネームはリンネだ。夏目雅之はこの世界での仮の名前にすぎないよ」
俺は、自分の武器であるハルバードを、タオルで丁寧に拭いて手入れをする。美しい鏡のような銀色のボディに俺の顔が写る。瞳の色は黄色。今の俺は人間ではない。
「佐月慎也。前話しただろ、能力適正値が異常な程高い奴」
「えっと…。リンネのご友人の方ね。<エラ・ステラス>に連れていかれた」
「そうそう。ま、俺が友達だと思っていても、あっちがどう考えているか分からねぇけどな。下の名前で呼ぶだけで嫌な顔するし」
「そうね。貴方みたいな胡散臭い男と親睦を深める理由が分からないもの。あなたもボクも、他者に幻影を見せない限り、老いない化け物」
「うるせぇよ!?少なくとも俺は人間扱いして欲しいかな!?」
胡散臭い、と呼ばれてしまうことは否定出来ないが。正直、小学生時代から佐月と高度を共にしてきて、迷惑がられた回数は数知れない。人間という生き物は群れたがると思っていたが、何故だかあいつは孤独を望んでいた。変わった野郎である。
「どうするのかしら?貴方の計画だと、<兵器>になった時点で、サツキを回収する予定だったのでしょう。フィーヴァルが捨て駒にしなかったのが予想外…よね」
「何か特別な思い入れがあったんだろ。…俺のこともあの女に気づかれたし、近々こちらに来るだろうな。あー参ったな、こりゃ」
ソファーと同じく、拾ってきたままのテーブルに顎を乗せる。拭いていない天板は、なんだか生臭くて、嫌な匂いがした。
「ボクが殺してしまう?既にサツキは<終わらない災厄>の手先。生かしておいてもこちらに得はない」
「…そう言うなら処分してしまってもいいよ。―――リーダー」
<カタストロフ>と<禁忌の赤い箱>。同じ政府に反逆する組織でも、それらは決して交わることはない。
交わってはいけないのだ。
昼下がり。今日は、政府で働く社会人2人組は、仕事を休み、我が家で計画を練っている。それもそのはず。今回の目的は、僕から見た元の世界に行き、反政府である<禁忌の赤い箱>の尻尾を捕らえるためである。
僕たちは、いつものメンバーで机を囲んでいた。
「…こんなの見つけた」
ミルファーが出したのは履歴書のような紙だ。顔写真と個人情報が細々と記されている。汚い文字で殴り書きにされた文字よりも、写真の方に目がいった。
「レイア…?誰だこれ。夏目の女装した姿か?」
「どう見たらそうなるのよ。そんな訳ないでしょう。佐月にしてはつまらないジョークね。―――しかし、これが見つかったということは、こいつは政府の元職員に間違いないようね」
「元?既に辞めて組織に移ったのか?」
「私たちと違って属しながら反逆している訳じゃないのよ。完全にあちら側。分かりやすく表すと…、『過激派』かしらね?」
「僕から見たお前のやり方も『過激派』だと肯けるが」
「そういうものじゃないのよ。<ディスミス>並に話が合わない連中だわ。女王を蔑ろにして、<ダンテ>を崇拝することだけは、まあ…それなりに筋が通っているのだけどね」
僕は先日、<ダンテ>と出会った。歪んだ世界の時空を正す管理人。魔法使いと呼ぶより、彼の肩書きはそちらの方が相応しいと感じる。ただ、何らかの陰謀で、この世界<エラ・ステラス>では、<ダンテ>という存在は女王を堕とした忌まわしい人間として恐れられている。<ダンテ>とステラ―――つまり里山モネの正体を知っているのは、ここにいる僕だけだ。話を合わせるべく、僕は適当に相槌を打った。
里山モネはミルファーの方を一瞥する。彼女は紙を手に取り、視線を落とす。そこに書かれた女について語り出した。
「この人は<禁忌の赤い箱>のリーダー。コードネームは<リア・シェイク>。仲間からはリアとか…、そんな感じで呼ばれている…らしい」
「リアって女の人なの?」
「カノンには男に見えるのか?髪型も女性っぽいし、顔の骨格も丸い。どう見ても女だろう」
「顔だけは女性みたいだけど、…鎖骨の辺りが男っぽいのよね」
少女はまじまじと異色の双眸を細めて写真を見つめる。
レイア。コードネームから、モデルはシェークスピアの『リア王』だろうか。あらすじはよく覚えていないが、四大悲劇のひとつだったはずだ。
栗色のウェーブがかったセミロングに満月を埋め込んだような黄色い瞳。その目元には微かながら魔力紋が滲んでいる。この人間も魔法の使い手なのだろう。
「性別は不明よ。戦うのにその情報は必要ないでしょう。まあ、こんな奴がいるってことを覚えておいて」
「こいつと一緒に夏目がいるのか。しかも<禁忌の赤い箱>のリーダー…。なんだか実感が湧かない」
「組織である以上、別々に行動する理由がないもの。夏目がこいつの部下だったかしら…?私だったら一緒に行動するわね。あちらも<カタストロフ>がいつ攻めてくるか恐れているはず」
「もし、別々に行動していたらどうするのですか?向こうじゃ、能力や魔法に頼るのも限界があります」
「そう。だから、向こうに着いたらサリカの魔法が使えるか実験。出来るようなら二手に別れて探す。それでどうかしら?」
「それが最も合理的なら俺は従いますよ」
カディスが頷く。それに合わせてその場にいた全員も頷いた。
「向こうでの滞在時間は3日。それ以内に奴を捕まえて情報を聞き出す。そして処分するわ。覚悟は良い?」
処分。その単語が僕の中で響く。
こちら側に来るまで、僕にとって友人のような関係だったのだ。夏目が僕のことを利用していたとしても、失うのは躊躇ってしまう。
「…よし。じゃあ今から行きましょうか」
「え?今から?モネ様正気です?」
「とりあえず行かないことには始まらないでしょう。ここにいてもやる事ないし。ミル、車を頼むわ」
里山モネが立ち上がると、つられて他のメンバーも椅子から腰を上げる。向かう先は外だ。恐らく、ミルの扱う乗り物で、壁の外へと出るのだろう。
「どうやら本当に行くみたいだな」
「…そうみたいね。シンの故郷か。…ちょっぴり楽しみ」
「ここよりは良いところだと思うぞ。俺がいた時代とはかなり時間が経ってるみたいだけどな」
コートを羽織り、玄関でブーツに履き替えて、外に出る。既に止まっている車に僕達は乗り込んだ。6人乗りの大型車のみたいだ。座席は運転席がミル、助手席は里山モネ、2列目がカディスとサリカ、そして最後が僕とカノンだ。
「これで壁の外に行くのか?どうやって?」
「裏ルートじゃなくて、あの巨大な門を突っ切っていくわ。今日の半時間ぐらいしかあの門は開かないの。だから、滞在時間は3日ってこと」
「エンジンをかけて」と里山モネが言うと、ミルファーは黙ってそうする。
「ねえ、モネさん。これって政府側の組織での仕事なんだよね?私たちっていても平気なの?」
「全然平気よ、<兵器>だけに。ああ、そうそう。忘れてたわ」
里山モネは鞄から仮面を出す。真っ白い表面に青い魔力紋が刻まれた代物だ。認識阻害の魔法がかけられているため、テロを起こす時によく使われている。
「これを付けて」
「怪しすぎないか…?逆に見破られそうだ」
「私がいるから問題無いわ。あと、悪いけど」
里山モネはこちらに振り向く。そして、白い手袋に包まれた指を重ねた。青い瞳が光を帯びて魔法が発動される。
「悪いわね、少しだけ眠っててちょうだい」
意識を持つことを許されず、言葉を発することなく、虚無へと落とされる。襲いかかる眠気に僕は逆らえない。
僕はそっと瞼を閉じた。
「わあ…空が綺麗っ!寒い…ですね…!まるで冷凍庫みたい」
「あれは朝焼けっていうのよ。サリカとカディスは寒くない?寒くなくてもコートは来ておきなさい」
話し声と異常な寒気を感じて目を開く。頬をピリピリと刺すような寒さだ。仮面をしていても分かる。吐いた息は白い。真っ白なそれは、僕が驚く間もなく霧のように消えていく。
「佐月?いつまで寝てるの?」
里山モネにつつかれて、シートから体を浮かす。空はまだ暗い。ビルの隙間に見える朝焼けから、夕方の暗さではないことが分かる。闇の帳を切り裂くように滲んだ緋色は、僕の目をじくじくと刺して痛い。
「着いたのか」
「そうよ。私の部屋に通すからさっさと起きて。ミルが困っているでしょう」
「ああ…。すまない。ミルファーはどうするのか?僕たちと一緒に行動しないのか?」
「…私は送り迎えが仕事だから。この車体じゃ目立つし。任務を遂行したら精霊を飛ばして。モネのアパートまで迎えに来るから」
「精霊?」
聞き覚えのない単語に、僕とカノンは首を傾げる。
「カノンや佐月にも分かるようにこれから説明するわ。じゃあ、ミル。あとは私たちに任せて」
「…ご武運を」
ミルファーは運転席から身を乗り出して片手を上げる。僕たちが手を振り返すと、軽く頷き、その場から消えるように走り去った。
目の前には古びたアパートがあった。ここが今回の任務で寝泊まりする場なのだろう。一人暮らし用のようで。テラスやベランダのようなものは無い。
彼女の後に続く。手にした鍵で開けたドアは101号室だ。
「入って良いわ。政府が急遽用意した仮屋だから、物はあまり無いけど。体を休めるのには問題無いはずよ」
「お邪魔します」と挨拶して入室する。長い間掃除をしていなかったのだろう。噎せ返るような埃のにおいが鼻を劈く。
玄関を開けてすぐの六畳間に僕たちは座る。唯一の家具は卓袱台のみ。自然と僕たちは卓袱台を囲むように腰を下ろした。そして、顔を隠していた認識阻害の仮面を外す。
「思ったより狭いですね。…これ5人で寝れます?」
「男は押入れがあるし。あなたたち寝なくても生きていけるから大丈夫でしょう」
「開き直ってる!?」
押入れで寝るなんて初めてだ。暗くて狭いところは嫌いではないから僕は構わない。
改めて、僕は里山モネに質問をする。
「で、精霊ってなんだ?今回の任務はそれが鍵になるのだろう?」
「その説明をするわね。どうせ試さなきゃいけないし。サリカ、腕を出して」
促されたサリカは手袋を脱ぐ。普段、彼女はどのような場合出会っても手袋をしている。能力が自己制御出来ないカノンもそうだが、サリカの場合は肩口まであって、とても長い。黒いヴェールが外れて肌が顕になる。
――――初めて見たサリカの両腕には、歪な魔力紋がぎっしりと刻まれていた。
透き通るように白くて、壊れそうな細い腕に浮かぶ、禍々しい赤茶色の入れ墨。中指にだけ指輪がはめられている。恐らく魔法を使う上で、媒介として、必要なものなのだろう。
「あ、今ちょっと引きましたね?気持ち悪いですもんね、これ」
視認の能力を持つサリカにはどんな建前も通じない。その腕の模様に奇妙であると感じたのは真実だ。僕は素直に頭をさげる。
「…悪い」
「大丈夫だ。俺も初めてサリカのそれを見た時、すげービビったから」とフォローをしてくれた。
「気持ち悪いもんな、それ。魔力発動がどうとかよりも、例え俺にあったとしても手袋で隠すぞ」
「父親に施されたんですよ。あの人から見た私は唯の実験体です。運良く成功してくれたので、魔法に関してなら、並のヒューマンよりは出来ますが。モネ様には及びませんけれどね」
サリカ伏せた目を上げ、両手をパンと鳴らした。
「辛気臭い話はやめてさっさとやりますか。…魔力が切れたらリカバリーお願いしますよ、モネ様」
「ええ。私がいるのだから安心しなさい」
サリカは両手を組み、祈るようなポーズをする。
魔力が注ぎ込まれると、刻まれた魔力紋が青く発光し始めた。導線で火を付けられたように、次々に光は伝わり、指輪まで流れていく。青白く輝いた光はやがて、燐光を放つ蝶に生まれ変わった。
「精霊、お願い。リア・シェイクと夏目雅之。彼らが潜む<禁忌の赤い箱>の居場所を見つけて」
盲目の少女が青い蝶に話しかける。するとそれは、蝋燭の火を吹き消したように、光が儚く散った。
「…消えたのか?」
「成功です。探しにいっただけですよ。…もって半日ですかね。結構キツいです」
「半日なら上出来よ。胸を張って良いわ」
里山モネはそのまま続ける。
「いいかしら?ステラの魔力が溢れている<エラ・ステラス>とここはちがうのよ。こちら側だとね、魔法も能力も弱体化するわ」
「弱体化?お前もか?」
「私は魔力紋無しで行使できるぐらい強いから、あまり関係ないわ。サリカは元の魔力紋がしっかりしているから、そこそこ行ける。だけど、能力は別ね。…特に佐月、あなたの場合」
「俺のような中途半端な<兵器>は体を壊す、ってことか」
「相変わらず勘が良いわね。そう。使えないことはないけれど、最悪、懲罰だけを被ることになる。だから気を付けること。サリカの治癒も限界があるわ。…佐月だけじゃなくて、カディスもカノンも良いわね?」
「分かった」「分かりました」と青年と少女は返答した。
「さて、そろそろ日も登るわ。探しに行かないと。私は精霊を追いかけに行く。佐月たちは…どうしようかしら?」
「あいつの家、何回か遊びに行ったことがある。もしそのマンションが残っているなら、管理人に問い合わせて跡を追えるかもしれない」
「…殺すことになる。そうなっても…本当に覚悟は良いの?」
「ああ。――――僕は真実を知りたい」