美食への道③ 熟成肉
肉は熟成した方が美味い。
適切な保管方法で熟成した肉はタンパク質がアミノ酸に分解され、旨味成分に変化するのだ。
凍らせたまま1月以上熟成した肉は、きっと食べごろになっている、と思いたい。
さて、肉を保存する方法だが、基本はマイナス2℃で保存する方式を採用している。
これは冷凍庫を用意できるならという但し書きが付くけど、温度管理以外の手間がかからないからだ。低温だけに湿度もあまり気にしなくていい。
一般的には0~4℃で湿度80%の状態にして熟成するらしいのだが、失敗すると腐るので、そっちはやらない。というか、温度計や湿度計も無く熟成肉の管理なんてできると思うほど、俺は万能じゃないのだ。精々が氷の魔法でマイナスの世界を維持する程度。この世界では、それだけでも凄い事なんだけどな。
問題は、肉の品質によって熟成期間が変わる事。
牛の肉なら1月以上なのに鶏肉や豚肉の場合は1週間以上の熟成がNGなどと、肉質次第で期間が全く違うのだ。
凍らせる熟成方法であれば通常よりも熟成期間を多く取れるため、リスクが小さくなる。熟成のやりすぎは良くないのだ。
殺したての肉は硬くて臭みがあるが、熟成すれば柔らかくなり、臭みが抜けるという。
熟成の有無でどれほど肉質が変わるか。ステーキにして食べ比べてみようと思う。
「大将! この熟成肉ですか、全然量が無いんですけど!?」
「その分美味いはずだ! 諦めろ!」
冷凍した肉は水分が抜けて小さくなってしまう。今回用意した肉も、元の8割か7割程度の重量しかない。ストックはまだあるけど、適切な熟成期間を知る為にもまだ残しておきたい。だから割り当ては自然と少なくなる。
「大将! この黒くなった肉、本当に腐ってねぇですよね!?」
「これが熟成の証だ! 腐ってないのは保証する!!」
この世界において、肉を熟成させるという食べ方はされていない。
当然だ、放置すれば腐るような事をするはずもない。
例外と言えば冬の雪が深く積もった間に自然と放置された肉ぐらいだが、意図して美味さのために熟成をする者など、一般的ではない。
よって見慣れない普通よりずいぶん黒ずんだ肉が、本当に食べられるものなのかを危惧している。
俺だって知らなければ食えないと評価するだろうな。魔法チェックで大丈夫だと分かっているからステーキにするけど。
「……なぁ大将。これ、本当に美味くなってるんすか? 柔らかくなったのはいいとして、俺には味の違いが分からねーんですけど」
「……熟成期間が足りなかったのか? 獣臭さは……マシになってる。柔らかさは比べるまでも無い、成功だ。味は……味は…………俺も分からん」
ステーキは塩以外の味付けをしていない。
というか、塩以外の味付けができない。
ステーキソースなんて洒落たものは無いし、酒で味付けするには、酒そのものの味がネックになる。酒も不味いから使いたくないのだ。
焼く前に筋を切った肉は柔らかく、噛めば簡単にほどける。
噛みしめた肉から肉汁が溢れ出す。
肉の旨味、油の甘さ、塩のしょっぱさが口の中に広がる。そして新鮮なステーキを噛みしめた時にあった獣臭さを感じない。
柔らかく、獣臭くなく、たっぷりの肉汁溢れるステーキ。
美味い。
美味いのだが、肉の味という意味ではまだ改善の余地がある。
きっと熟成期間が足りなかったのだろう。
「よーし! まだ熟成期間が足りないんだ! もう一月寝かしとくぞ!!」
「大将、そろそろしまう場所が足りなくなりますぜ!?」
「馬鹿野郎! だったら増やせばいいんだよ!」
「へい! 分かりやした!!」
獣の種類と熟成期間を記録している。
いつまで熟成するべきなのか、獣ごとに調べている最中なのだ。
獣の種類だけではない。獣の大きさから年齢を推測し、種類と年齢別に情報をまとめる。
今はまだ調べる段階であり、結果を求める事などできはしない。
その後も何度か食べ比べをした結果、野鳥の肉が2ヶ月程度、猪っぽい獣の成体が半年程度の熟成で最高の状態になると分かった。
ただ、美味いと不味いには個人差がある。今の俺が出した答えであり、この答えが絶対とは言えない。
数をこなして最適解を見付けるまで頑張るが、結果を出すのはいったい何時にしようか。サンプリングの適正値ってどうやって算出するんだっけ?
 




