荒療治④
俺はクレーン業務を、娘二人は清掃作業を終え、生活拠点に帰ってきた。
生活拠点は昔、島に来た時に作った船着き場とその周辺施設の事で、サウボナニ村のことではない。サウボナニ村は原住民の住んでいた村を指すのだが、あちらには俺が泊まるスペースが無いのだ。
帰ってくる前にアーサーを回収してきたのだが、こちらは泣き疲れて寝ている。
アーサーは預けた先で同年代の子供たちにさんざん馬鹿にされてまた泣いていたのだ。
以下、伝聞によるその時の一方通行な会話である。
「おいオマエ、オマエも王国語がしゃべれるならこいつらに王国語を教えてやれよ」
「無視するなよ!」
「使えねー。ほっとこーぜ」
「せんせー、きょーも、ありがとーです」
「おう! 俺は先生だからな! 明日もちゃんと教えてやるぜ!」
「せんせー、あのこ、なんでいたです?」
「知らねー。大人が置いてったみたいだけど、アイツ、ぜんぜんしゃべらねーし。役立たずだよ、役立たず」
「しゃべらない、うごかない。役立たず。おぼえました」
「おう! オマエは賢いなー!」
「おい、そこの役立たず。何もしねーならとっとと帰れよなー。ジャマなんだよ」
「まただんまりかよー。さっさと帰ってママにでも泣き付いてこいよー」
「って、うわ。いきなり泣き出しやがった。……どうでもいいか。みんな、遊びに行こうぜー!」
このような状況だったらしい。
アーサーは一切口を開かず、そこに子供ゆえの容赦のない罵声を浴びせられ、泣かされてそのまま寝たわけだ。
サウボナニ村は王国語が喋れない原住民が居残っているが、彼らは早く言葉を覚えてグラメ村に行きたいと願っている。
そのため、船大工の子供たちが中心になり、彼らに言葉を教えるようになっていた。生徒も大体が子供である。大人は働いているのでほとんどいない。
アーサーが放り込まれたのはその集団だったが、喋らない、何の役にも立たない子供なら排除対象にしかならない。これでコミュニケーション能力が僅かにでもあれば差しのべられた手に引かれて外に行けるのだろうが、アーサーは出された手を振り払い、殻にこもった。
ちなみに、アーサーに対するアイナたちの視線も冷たい。
自分たちは働いて役に立っているのに、なぜこいつは何もしないのだろうと不公平感を抱いているのだ。
この世界、この時代。子供だろうと貴重な労働力として駆り出されるのが普通だからな。一般的な集落に役立たずを飼う余裕など無いのが常識である。
状況はアーサーにとって最悪というか、俺がやっている事は現代日本なら虐待なわけだが、ここで殻を破れなきゃ本当に終わる。人生が。
三つ子の魂百までと言うし、歳をとったら手遅れだぞー。
サウボナニ島では造船の手伝いで20日ほどいたが、それが終わるころにはアーサーの俺への態度が“少し”改善していた。
周りが敵だけだと、中立の俺でもいいから縋りつきたいようである。子供集団のイジメが相当怖かったのか、仕事中でもちょろちょろと付いてくるようになった。
たぶんだが、今まで甘やかし過ぎていた面もあるんだろうな。
周囲がアーサーを特別扱いし優しくしてくれていたから、それを当然と思い感謝しなくなっていった。
一番甘やかしていたユリアが周囲の侍女をアゴで使えたこともその認識を加速させ、悪い常識を持ってしまったのだろう。ヒキニートが許されると思ってしまった。
それがサウボナニ村で馬鹿にされ、虐められ、誰も助けてくれない環境になり、ようやく現実を理解した。ヒキニートは死ぬしかない、と。
今後の問題として、帰った後にユリアやアシュリーたちを教育しておかないと、また同じことになりかねないことが挙げられる。
どの子供にでも通じる正しい教育方針は存在しないが、アーサーは厳しく育てるのが正解と。
少なくとも今、甘えさせては駄目だと全員の認識を共有する必要がある。
それではグラメ村に帰る前に、アーサーに現実を教えてくれたサウボナニ村のみんなに感謝を。
言語習得も順調なようだし、春になったら君らも船便で本土に呼ぶよー。




