歌の政治利用と規制
不穏分子の処分はもう考えないとしても、本当に何もしないというのも芸が無い。
恒例吉例というかね、吟遊詩人の出番という事にした。
酒を飲むときに歌えそうな簡単な歌として、国のために頑張るぞといった内容の歌を歌わせるようにしてみた。
酒を飲めるのは商人が来て酒を置いて行ってすぐの事が多く、それに合わせて呼んでみたのだ。
○本のお笑いの人気芸人がリズムに乗って何か言うようなノリで、酒飲みたちも歌うようになっていく。普通に喋るよりも浸透しやすい。
普段から言っている言葉は常識を強固にし、統治の正統性を疑わなくする。
こちらは間接的に、彼らが自発的にやる事を求めているが、根っこは毎朝の朝礼で「今日も安全に、良し!」と言わせるのと同じである。
普段から王に従う、貴族に従うのが当たり前だと思わせるように仕向けているのだ。
歌は中々侮れない影響力を持つ。
韓国が竹島を不法占拠していることは歴史的に明らかなんだけど、それを無視して正当な支配だと思わせるために「竹島は韓国の領土だ」といった歌を歌わせているのが効果を上げているのをみると、その効果が侮れないとよく分かる。
単純に国益などを考えれば不法占拠を実効支配で塗り固めた方が得だと考え賛同している奴もいるとは思う。
しかし、普通なら法の正義の名の下、正しい判断をする人間が出ても不思議じゃない。
それを国家主導という大義名分や大多数の意見という風潮、あとは言論統制で正しい事でも言わせないように洗脳しているわけだな。
もっとも、俺のやっている事は一般的に考えて正しい側の道徳教育みたいなものだし?
奴らの法を無視した洗脳などとは違う訳だよ。
歌を使った意識操作だが、これは相手もやりかねない事でもある。
しかし、その心配はないと思う。
酒場に陽気な歌が流れるようになったが、それを踏まえて自分たちの手で新しい歌を作ろうとする流れはなかなかできない。
作詞作曲なんて簡単な事じゃないし、替え歌のように曲を流用したり歌詞を模倣する発想そのものがこの世界には無い。
著作権も無いんだけど、自分たちで歌を作ろうという考えに辿り着けないのだ。
事前に法律で縛る事も出来るが、それをすると逆に替え歌をやろうとする奴が出てきかねない。
法で禁止する事でそういった事ができると知識を与え、替え歌の存在が一般的になりかねないのだ。
法による規制は後出しの方が望ましい。
ただ、事前に準備しておくぐらいは問題ないはずだが。
お上に逆らう歌を歌っていたら、処す。
そのレベルで規制するつもりでいこう。




