(頭が)春の出来事⑤
焼き鏝で付けたのはへのへのもへじで作った顔みたいな印。適当な代物である。
俺としてはただの脅し用にと人の顔を模したもので、なんとなく呪術っぽい物を選んだだけである。
「それは魔術による“呪い”だ。お前は生涯その顔に監視されながら生きると良い」
純度100%の大嘘である。
しかし侯爵の子供は痛みと恐怖で意識を手放した。慌てて護衛達が子供を抱えて連れて行く。呪術云々は遊びのため、彼らにはネタばらしをしておいた。
ま、これも勉強と思ってもらおう。
後日、伯爵家からは詫びの品として蜂蜜を樽で貰った。
これ、買おうと思えばシャレにならない額である。さすが伯爵家と、素直に賞賛したい。
しかし、侯爵側の側から呼び出しを喰らう事になった。
侯爵閣下は俺との対立をご所望らしい。
正気か?
さすがに嫡男、つまり本物の貴族相手だとこれまでとは勝手が違う。
貴族の家に生まれても、次男以降というか家の継承権を持っていない奴は貴族とは言えない。だからこれまでは「貴族が平民を追い返した」と言えるわけだが、今回は「男爵が侯爵の継嗣に無礼を働いた」として扱われる。
つまり、勝てると思ったから侯爵は張り切っているわけだ。
張り切っちゃった、訳だ。
勝算も無いのに。
この流れは爺さんも想定内。
罠なんだよー。
王都で行われる裁判はそんなに人が来ない。興味が無いというより、情報伝達や移動時間の問題だ。裁判があると知って興味を持っても手間と時間の問題で行こうと思えない。それよりも、裁判が行われる事を知らない奴ばかりだ。
だから裁判の参加者は俺と、侯爵と、爺さんの3人だけである。あとは護衛の兵士など。護衛なんて無駄なんだけどねー。
なお、この場にいない侯爵サイドの上司、爺さんの対立者であるもう一人の公爵は今回の件に関わらない事を選択した。侯爵1人の為に俺と爺さんを正面切って戦う姿勢を部下に見せるより安パイである静観を選んだ、ではない。単純に利益の確保のために侯爵を一時的に見捨てたのである。
侯爵はまだ若く、貴族間の上手い立ち回りについて理解していない事が多い。自力でやらせることで成長を促すのが一つ。
自分が出て場を混沌とさせる事より、静観してすぐに今回の話を終わらせたいというので二つ。
爺さんと裏取引することで俺や爺さんに貸しを増やすので三つ。これについては面倒な話だけど、自分の部下がやったこととはいえ、こちらをフォローしたのだから貸しであるという強弁が成り立つからだ。マイナス面は全て侯爵が背負うので自分は無関係と言う立場を確保できるし。
あとは見捨てた侯爵を後でフォローすることで周囲に頼れる公爵である事を見せ付けるので四つ。
とまぁ、侯爵は孤立無援で戦う事になる事に気が付いていない。
まだ髪の黒い侯爵であるおっさんが俺を睨む。
侯爵になったばかりで忙しいというのに今回の裁判の為に無理矢理時間を作るために無理をしたのだろう、頬が少し痩せこけている。
「貴様が我が子に掛けた呪いを解いてもらう!」
「断る!」
相手の牽制球、茶番の掴みとばかりに放たれた第一声はこちらへのストレートな要求だった。
相手が強気で出たのだし、こちらも即答で応じてみる。
おっさんは口をパクパクさせて言葉を失い、俺の保護者である爺さんは声を出さずに笑っている。表情を隠せる爺さんが見て分かるように笑うのは挑発なのだが、相手にはそれが理解できているかな?
「まだ爵位を継いでいないとはいえ、侯爵家の継嗣に男爵が手を出したことに対する責任を取ってもらおう!!」
爺さんに笑われ気を悪くしたおっさんは、何とか立ち直ると俺に指を突き付けそう宣言した。
この流れは予定通りであり、俺はニヤリと笑う。
さあ、茶番を始めよう。




