風呂の準備と
適当な配管工事は、その日のうちに終わらせた。
地下20mを経由しての地下水路は途中で詰まることなく、温水をシュクレ村まで届けてくれる。
問題と言うか当たり前の話なのだが、村まで引いた後のお湯はずいぶん冷めていて、お風呂に使うには物足りないほど温い。
水温は32℃ぐらいかな。風呂に使うにしても、温め直しが必要だ。
サヴは悔しそうにしているが、ちょっと温め直すだけで風呂に入れるならそれでいいじゃないか。
「いいや。冬になったらもっと冷たくなるさ。このままじゃ使えないよ」
それでも凍らないなら構わないのでは?
寒さによっては井戸が凍ったりして使えなくなることもあるんだし。
たとえ冷水になろうと、使えるというだけで贅沢だと思う。
「そう、さね。何を言っているんだか、アタシは」
こういうところ、潤沢に水が使える地方に住んでいると分からなくなる話だよな。
今までいたところの常識で考えてしまうというか。
サヴはけっこういろんな所に行っているが、グラメ村に長くいたせいで思考が固まってきた様子だ。俺も独自ルールやグラメ村での生活を基準にして物を見ているし。
誰もが持つ、普段という名の比較対象って事だろうね。
温泉がそのままじゃ使えないので、温水を溜めておく場所とそれを汲みだして沸かすための場所を、とはやらない。
排水機能を付けた湯船と、その脇に湯を沸かす窯を用意してみた。
五右衛門風呂のように直接湯船の底を焚いても良かったが、大勢で使うなら湯の量を少なく済ませ移動が簡単なあの形にこだわる理由が無い。湯船を大きく作り、近くで火を焚いて風呂の湯を沸かせば一番効率がいい。
サヴの魔法に頼るといざって時に困るから、薪をくべればいい形で作った。
火の近くはそれなりに危険だが、木板で作った下駄を張って直接触れないようにしてから網で隔離しておいたので火傷する奴は出ないだろう。
あとは人力で湯をかき回し、温度調節をしてほしい。それを自動化する手間なんてかける気にもならん。
「セガール、今のうちに薪になる木を切っておきたいさ。協力してくれ」
ああ、切ってすぐの木は湿気っていて薪にならないからね。
今のうちにシュクレ村周辺で切っておかないと、グラメ村の薪を持っていかれるか。危なかったな。
そんなこんなで仕事をこなしつつ、風呂を作り終えればすでに夜。灯りは魔法で対応したので大丈夫だが、普段なら寝る時間である。
しかし、俺達には本日最後の仕事が残っていた。
風呂の試運転だ。
新しい物は実際に使ってみないと悪い所が分からない。
よって、俺たち自らが自分の体を張って風呂を使い、使い心地を試さねばならない。
……嘘です。
一番風呂を譲りたくなかっただけです。
湯に浸かると、体の中にあった疲れが湯に溶けていく感じがする。本当に気持ちがいい。
「なぁ、アレは何さ?」
一緒に湯に浸かっているサヴは、風呂場の壁にあるレバーが気になっているようだ。
ククク、あれこそ某ローマ風呂漫画を思い出して作った最新の風呂設備よ。その新感覚に慄くがいいさ。
俺はサヴにレバーを上下させるように言うと、細かい説明は無しで放置する。言ったら楽しみが減ると言われれば、サヴも黙るしかない。俺が変な物を仕込むはずがないと信頼し、レバーの所に行く。
レバーは低い位置にある。
サヴはしゃがんでレバーを何度も上下させ――
「にゃ!?」
――タイムラグを伴って頭の上から降ってきたお湯に驚き、変な声を上げた。
俺が作ったのはシャワーだ。
猪の腸を使って作ったホースとヘッドを使い、日本の風呂にあるようなシャワーを再現したのだ。
レバーを上下させることで空気圧を発生させ、お湯を組み上げ頭上に降らす仕組みは自転車の空気入れを参考に作った。あと自動車のエンジン。
時間差が発生するのは気圧の高まりと汲み上げの時間だね。ま、蛇口を捻るだけですぐにお湯が出る仕組みなんて手間と維持コストのかかる物を作る理由も無いし。これでもかなり珍しい代物なので、特に問題は無い。
驚かされたサヴは言葉も無く、何度もシャワーを浴びていた。
そして最後には黙ったままシャワーを睨む。
「なぁ、セガール。これ、農地に使えないか?」
遊びの一切ない真剣な目を、サヴは俺に向けた。




