商売の話の終わりと、北の異変
商売は難しい。
分かってはいたが、起業は色々と難易度が高いと実感させられた。やっぱり妄想だけでは言葉の意味を正しく実感できないという事だな。
俺の場合は貴族の立場があるし、いざという時はガラス製品を作れば資本の補填が可能なので低難易度だけどな。破滅しない事を思えば精神的な負荷が低くなり、失敗のリスクを恐れず挑戦できるし。
何をやりたいとかそういった事が無いので、漠然と金儲けをしなくちゃいけないっていう状況に追い込まれているだけだ。普通の商人なら親の跡を継いでとか、これを売ろうっていう何かを基に商売を始めるんだろうけど。行動が定まらないって点だけが不利なんだ。
それに、ヨカワヤがいるんだからもいうちょっと別の視点を持つべきだな。
よくよく考えると、俺とヨカワヤの関係はメーカーと商社の関係と同じである。
メーカーは物を作り、商社がそれを売り込む。メーカーは物を作るために商社から材料を買う。うん、俺たちと関係がよく似ている。
ここに銀行が加われば完璧なんだが、さすがに銀行システムを組み上げるほど俺は経済に詳しくない。ヨカワヤに銀行の話をしてみても「それ、国営以外ありえないですよー」と首を横に振られたし。
やるとしたら旧式の銀行かな。金を預かる代わりに、預かり賃を取る古いシステム。簡単に言えば金の盗難防止対策を請け負う会社事業だ。需要の都合で王都に出店するしか選択肢が無いが、王都でなら運営できる程度に仕事があるだろう。金持ちは王都に居を構える者でもあるからな。
「私はやりませんけどねー。いえ、できませんけどねー?」
まぁ、そうだな。
ヨカワヤは強いが個人戦力のレベルだし、限界がある。睡眠や食事などの休憩も必要だし、敷地が広ければフォローできる場所に限りがあるし。居ない隙をついて盗みに入られれば預かった金を奪われるだろうし。
同じレベルの従業員を10人と雇えばコストがかかりすぎてアウト。
……ん?
「金庫。
いや、鍵と錠前でもいいのか? ナンバーロックは新しい考え方だったような?」
何かヒントが掴めそうだったが、一旦思考を中断。
鍵と錠前が作れるかどうか試してからでいい。作り方についてはなんとなく想像がつくけど。
「金庫なら普通に売ってますよー。うちも青銅の金庫を使ってますしー」
大丈夫。
現代日本にはいろんな鍵と金庫があったんだから。
ヨカワヤとの話を終え、今年最後の見送りを行う。
そうなると次にすべきはサヴ達の様子を見に行くことだ。そろそろ北の拠点に着いた頃だし、チョウザメ捕獲を手伝ってもいいかもしれない。
でも、慌てて行くほどの事でもないか。
チョウザメ捕獲の緊急性は低い。むしろ無いと言ってもいい。
多少の失敗と苦労は成長の糧でもあるんだ。見守るのも信頼の証と言うしね。
俺は、そんな考えから北に行くのを1日遅らせ。
その判断を、死ぬほど後悔することになる。
サヴ達が北に向かって8日目。
北の拠点近くで俺が見たのは。
半数以上を狩られ残りも傷を負っていたトナカイたちと。
仲間の3人を殺され数を減らしたサヴ達と。
拠点を占拠し、勝利を謳う蛮族達の姿であった。




