知識チート、敗北の歴史
異世界フンドシブームにより、俺の手元には結構な額の現金が集まった。金貨5枚。普通ならありえない大金だ。
もちろん実働部隊であるヨカワヤ達はもっと儲けた。具体的な額は聞いていないけど。
特許の概念が無い世界なのですぐに真似されるだろうが、初動で売り抜けた額を考えれば大成功と言える。
来年の夏になったら、王都はフンドシ男の男尻祭だろう。この世界の男たちは引き締まった筋肉のマッチョメンである。一部のお嬢様方が大喜びしそうな光景が広がるに違いない。
俺は絶対に見たくないが。
なお、俺やグラメ村の名前は出していない。彼女らが俺を裏切り名前を出していたら二度と取引しない。
そこに妥協は無いのだ。
異世界で知識チート、今回は成功したが、それは思っていた以上に難易度が高い。
例えば、俺は省スペース収納に役立つ棚を提案したことがある。
床にレールを敷き、その上を滑らかに移動する車輪を棚に付け、通路一本分の隙間を残して棚を横向きに複数配置。
使う時は棚をスライドさせ、出したい物がしまってある棚の横に通路を作るという訳だ。日本の工場などで使われている物なんだが。
「設置費用を考えると、普通に大きい建物を用意した方が安くて速いわ」
このスライド式省スペース棚は先進的すぎて需要がまだない領分だった。
他にも「パタコン」という普段畳んでおける木箱や、左右食い違いにすることで小さく重ねたり高く積んだりできる便利収納箱なども提案したが、需要が無かった。
某世界的に有名な車メーカーで正式採用されている商品の数々だというのに。全く売れなかった。
現代で売れている物だからからといって、異世界でも売れるとは限らない。
知識があり、実践できる技術があっても意味が無いことがある。これはそんな話だ。
俺が領主になる前に試した料理系まとめてみよう。
プリン、ミルクセーキ、シェイク。
卵が希少で手に入らない。養鶏の基礎はあるけど、地球の鶏のように毎日卵を産む品種じゃないから、なかなか手に入らない。そして衛生管理の面で危険なんだ。卵を食べると死ぬ者もいると危険視されているのも問題。牛乳はあったけど、これも危険物扱いされていたよ。加熱すれば大丈夫という情報が出回っていない。卵と牛乳は、日本人にとっての納豆のような扱いと思えばいいか? 一応食品扱いだが一部の趣味人以外は口にしない。砂糖だってない。
お約束のマヨネーズ。
卵が~~(以下略)。油が貴重。手に入らないとは言わないけど、そのほとんどが貴族用だな。塩やお酢はあるけど、それだけで出来るものではない。
揚げ物。
油が(略)。あと、油の温度を安定させるのが難しい。中まで火が通らなかったり焦げたりと大惨事。
サンドイッチ。
すでに似た物がありますが何か? これはよくある誤解だが、パンで具を挟むのは紀元前からあるぞ。
白パン。
ふっくらと焼く発酵パンだけど。これも古くからあり今更だ。
メイプルシロップ。
楓の木がありません。終了。
砂糖。
甜菜は探しているけど、見つからない。砂糖の煮詰め方は知っているんだけど。現物が無いから意味が無い。
ハンバーグ。
これは珍しい料理と少し驚かれたが、手間の問題で広まっていない。広まらないのは他の加工肉がもうあったから、そこまで珍しと言いきれないのも理由の一つ。
ハムやソーセジ、ベーコンのような加工肉。
これも昔からある。食肉文化初期に作られるようで、古代世界っぽいここですら数100年の歴史がある。地球だって紀元前からあったし、まぁ、不思議は無い。
アイスクリーム。
すでにある。ふんわり感の足りないシャーベットもどきではあるが、これも紀元前には原型が存在しているのでしょうがない。氷魔法は俺の専売特許ではないし。アルプス山脈もどきの山々には年中氷があるから。この世界ならもっと早くからあっても不思議じゃない。
結論。
俺にレシピ系チートはできない。これは料理人やパティシエが地球の中世ヨーロッパに転生したとしても同じ結果になると思われる。主に流通が敵になるから。
現地の機材を考えれば、現地人以上に上手くやれる道理もない。
結論を重ねるなら、敵は流通。そして行動範囲の狭さ。
多様な食文化は、美食は流通網の整備が必須。そして欲しい素材を自分で用意できる環境。つまり、支配者階級にならないと無理なのだ。
俺が領主をやっているのはこれが美食を望む俺にとっての最善手と信じているから。
商人よりも大きな権限で人を動かさないと、出来ない事が多すぎる。
王様の方がもっとできる事があるだろうけど、王様にはなりたくないので却下。
俺は美食を求めているが、「何が何でも美食を」と美食に全てを捧げているわけではない。やりたくない事があれば多少の回り道はする。だって王様だぞ? 俺は絶対やりたくない。
人間、頑張りたくないことがある。
俺にとって王様とは、そういう役なのだ。




