メシマズ村の食文化
古代ローマ帝国っていうのは、文明のレベルで言えば中世より上である。
道路網や水道建築など、近代レベルの技術を持っていたことからもそのすごさがよく分かる。
この世界はそんな古代ローマ帝国レベルとは言わないけど、それに近い技術力を持っている。
その恩恵は常識という形で国の隅々まで行き渡り、例えばトイレなどがどの村にでも設置されているといった形で表れている。ついでに、肥溜めを作って人糞を肥料にするという、狂気の行いもしているけど。……ちゃんと熟成しろよ。
とにかく、この世界の技術水準はそこらのファンタジー世界よりも上である。
ただ、まぁ。
目の前の光景を見ると、それを疑いたくもなるのだが。
メシマズ村は、人口400人程度の漁村だ。
農耕関係は大豆とカブの栽培ぐらいで、主産業は漁業となっている。うちのグラメ村と違いそれなりの港を持っているのが特徴だ。
労働人口という意味では女子供と老人を抱えているので、実質250人分程度。うちの村の倍程度の規模と考えていい。
で、その過半数が下痢と嘔吐に悩まされていると……非常に、臭い。出した物の処理が追い付かず、放置されているからだ。メシマズ村の村民ですら嫌そうな顔をしている。
俺は近くに寄っただけで帰りたくなった。
倒れてしまった村の連中は、ろくに世話もしてもらえない状態で寝込んでいる。
世話役を置くと漁に行けず食事の材料が用意ができなくなり、全員飢え死にコースだから仕方が無い。子供や老人まで借り出して漁をしているが、普段ほどの水揚げ量は確保できない。
シモの世話をしなければ衛生環境が悪くなり、トドメの疫病発生までカウントダウン状態。メシマズ村は本当に壊滅しかけていた。
俺がぐるっと村を回るだけで何とかなったけど。
悪臭をカットしつつ病人を治療する俺にとっては簡単なお仕事です。自慢だけど、魔法チートですから。
あ。彼らが倒れた原因は、やっぱり食中毒。変なものを食べたのが原因の腹痛だった。O-157やノロウィルスなど感染症ではない。
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
土下座する村人たちから感謝の言葉を貰うけど、それだけで済ませる気はない。代金として大豆をこの村で消費する2週間分だけ、来月に届けさせるように手配した。
かなり安く見積もっているが、今のメシマズ村にとっては大きな出費だ。いきなり持っていくとそのまま村が潰れかねないので、1ヶ月だけ待つことにした。踏み倒すような真似は、絶対にさせない。大丈夫だと思うけど。
「酸っぱくなったら即捨てろ。腐った魚なんて、絶対に食べるなよ」
「はい! 調理担当にはきつく言い聞かせておきます!!」
魚は足が早い。
つまり腐りやすい。夏場であれば、倍率ドン。鯖なんかは足が早い魚として知られている。
2~3日置いておくと旨味が熟成されると言うが、それは冷蔵技術があっての事だ。腐る前に食う。それが常識。
グラメ村は古式冷蔵庫があるけどな。氷を上に置いただけの冷蔵庫。外に出ない女連中の健康管理も兼ねて作った。
しかし、あえて美味い魚の為にと熟成を試した馬鹿がいた。そいつは経験則で新鮮な魚よりも熟成した魚の方が美味い事を知っていたらしい。
夏場という季節を考慮して動いていれば良かったんだけど、大物を獲ったことで欲が出たようで。周囲に相談する事なく2日放置してから鍋の具材にしてしまった。
結果は見ての通り。
胃腸の強い奴だけ生き残り、残りの大多数はダウンした。
腐った魚を使った馬鹿は、現在は半殺しにされて介錯を待つばかりである。お優しい事で。
対策を立てさせたし、これで俺の仕事は終了。村で一泊してから帰る事になった。
「メシマズ村の、美味い海鮮鍋を食べて行ってください!」
メシマズ村の村長は笑顔で俺の持つお椀に鍋をよそう。
海鮮鍋は、魚や貝類、海藻をふんだんに使った、見た目は豪華な鍋料理だ。ぱっと見は美味そうに見えるのだが。
俺は笑顔で村長の方を見た。
「魚はちゃんと洗ったよな?」
「ええ。海水で、ちゃんと洗いましたとも」
村長は俺の言葉の意味が分からず、不思議そうな顔をした。
「魚は真水で洗うんだよ! 腸炎ビブリオ舐めんじゃねー!!」
「は、はいぃぃ!?」
いや、ウィルスの知識が無いのは知っているんだけど。
それでも突っ込みたくなるだろ。
魚には腸炎ビブリオって菌が付着していて、真水で洗うか冷蔵庫で冷やすかしないと、食中毒になるんだよ。常温で、海水で増殖する菌なんだよ。
こんな食習慣ではまた食中毒になるって!




