サナダさん(下)
古代ローマの都は上水道と下水道があったにも関わらず、衛生状態がそこまでよくなかったという。中世ヨーロッパ? あれは比較対象として間違っている。あれは冨貴に関わらず汚物地獄だ。あんな世界じゃなくて良かったと、俺は心から感謝している。
中世ヨーロッパへのネガキャンはいいんだ。それよりも古代ローマだ。
当時は衛生に関する考え方が発達しておらず、綺麗な水を大切にするなど頑張っていたが、それだけでは限界があった。病気予防関連の積み重ねが足りないのだ。
まだ病原菌や寄生虫といった存在は認識されていない。病気は悪霊や呪いのような見えない何かが悪さをしていると思われたわけだ。あとは毒。
そんな時代だから、恐ろしい事もまかり通る。
例えば肥料もどき。
古代ローマの農業では、人糞などを使った肥料もどきが用いられている。
肥料もどき。そう、もどきでしかない、人糞を。
人糞は扱いが難しい。俺が使わないと決める程度に。
人糞は汚いし、臭い。しかし仕事を労働奴隷にやらせるなら、命令する側に回れば心理的負担は無い。
人糞は病原菌の塊だ。昔から疫病流行の裏側には人糞が関わっていると――言ったら大げさだな。でも、疫病流行と人糞はわりと関係がある。
長期間寝かして病原菌が死に絶えてから使えば肥料。そうなる前の人糞を使えば――衛生環境破壊兵器だ。BC兵器だ。だれか禁止条約を締結しろ。俺は絶対使わない。
そして、人糞を使いたくない理由の一番が、寄生虫だ。特に条虫をさす通称がサナダムシ。キタキツネのエキノコックスでもいいが、知っている人も多いだろう。
人間の体内に寄生虫が住んでいた場合、その人糞には寄生虫の卵が混じっている場合が多い。肥料として使えば寄生虫の卵を回収する羽目になり、無限コンボが発生する。
通常は消化器官に寄生し、下痢、嘔吐、食欲不振、貧血、栄養失調などの症状を引き起こす。あまりない症例だが、ガンの様に転移すると、普通に死ねる。
感染経路は主に食事。
寄生虫の卵などが付いた、十分に加熱されていない魚や肉を食べると感染する。あと、感染者と一緒にお風呂に入るとうつると聞いている。感染者のケツに付いた卵が他の誰かの手に付き、その手をちゃんと洗わずに食事をして、感染するという。
古代ローマでは魚醤で感染する奴が多かったらしい。俺の魚醤は醤油のように最後に沸騰させているので安全だが、普通の魚醤はそんな事をしないので危険なのだ。
加熱した食材を食べる、石鹸を使った手洗いを怠らない。それを自分だけじゃなく、周囲にもやらせる。
これだけでほぼ防げるわけだが、知らなきゃそんな事をやらない奴もいるわけで。俺は頑張っている方だと思う。
ここまで説明すればわかるな?
クソ貴族への仕返しは、寄生虫のプレゼントだ。
寄生虫の卵を採取し、ヨカワヤに持って来させた魚醤にブレンドしてプレゼントさせる。
あと、ワイン。鉛をわずかに溶かし、寄生虫の卵を以下同文。ワインに鉛を溶かすのは味を良くするため。鉛のグラスでワインを飲むのは、鉛中毒者を量産するほど人気のある飲み方だったらしいな。
毒見させられる危険もあるから、ヨカワヤには虫下しをおまけで渡しておく。
ヨカワヤを見送った後、暴走気味だったテンションが下がって自己嫌悪中。
寄生虫の卵を手に入れるために、かなり汚いものに触れないといけなかったため、気分が悪くなったのだ。防水加工した手袋を使ったけど、使用後はかなり念入りに洗ったが、廃棄を真剣に検討中。
ざまぁで酒を飲むためにしては、俺へのダメージが大きすぎた。
ヨカワヤよ、後は任せた……。
その数ヶ月後、件の貴族が激ヤセしたといううわさが広がった。
本人は食欲不振が祟ったのだと言っているが、間違いなく寄生虫の働きによるものだろう。ヨカワヤや相方のサヴに構う余裕がなくなったようなので良かったとしておく。
嫌がらせは成功したけど、同じ手は二度とやらない。
自分へのダメージがでかすぎる。
みんな! 手洗いは大切だぞ!
ちゃんと石鹸を使って、綺麗に洗うんだ!!




