婚約者騒動③
鶏の骨を煮込んで作った鶏ガラスープ。
塩で味を調えただけ、沸騰中のそれに溶き卵を入れる。卵を入れたらすぐに火から外して卵に余熱を加える。
飲みごろ程度の熱さになったスープを一口。うん、美味い。
あれからしばらく時が経ち、初夏になった。
草はそれなりに育ち、家畜の餌は何とか足りている。この時期は草も良く伸びるからな。それに助けられた格好だ。
最悪、街道側に牛を放てば秋まで飢えさせる事は無いだろう。
山脈の方は当初の予定の倍、2ヶ月ほどかかったが何とか終了。100m×1㎞の土台が完成した。次は山脈内部に仕込む水路づくりである。
じゃあ次はそちらに専念できるかと言うと、そんな事は無かった。
王女様御一行の到着である。
この世界にしては見目のいい馬車、御者は外にいるが中に乗っている人間は見えない。周囲には馬に乗った警護の兵が500人はいて、周辺の警戒に当たっている。
これだけ大規模な集団だと村の中に入るのも一苦労だが、兵士たちのほとんどは外で待機のようだ。10名が先行し、馬車を案内する。
村の中に入ると馬車が止まり、馬車の窓が開いた。
そこから顔を見せた女が一人。長い髪を頭の上の方で結った、金の台座に宝石をあしらった髪飾りを付けた女だ。歳は15かそこらの、ツリ目で気の強そうな顔つきである。
馬車に付けられた王家の紋章と女の身なりの良さから彼女が王女だろうと当たりを付けて俺は口を開いた。
「ようこそ御出で下さいました、王女殿――」
「思ったよりもちゃんとした村ですわね」
先触れが来たため村で出迎えた俺に対し、開口一番で言われた台詞がこれである。
この女、人を無視してくれやがりましたよ?
「では屋敷の方に――」
「不要です」
没、交渉。
あまり人間の出来ていない俺は、思わず顔を引きつらせる。
第一印象最悪の邂逅であった。
なお、続けて入ってきた隣国の王女からは丁寧な挨拶を頂いた。
一応ではなく俺は開拓村の歴とした長であり、この地で一番偉い領主だ。自国の王の娘に不敬を働くわけにもいかない。
そんな思いから俺は王女たちの屋敷を訪問し、頭を下げに行った。
しかしそれも徒労と言うか、良くない結果になる。
「挨拶など必要ありません。陛下からは確かにあなたの妻となるように言われましたが、心まで捧げろとは言われていませんし、そうするつもりもありませんわ。
あなたとの関係は、形だけです」
屋敷には他の婚約者もいる。ついでに彼女らの従者も。
その全員の前で王女は言い切った。
俺に名乗りを上げる事も無く、俺の名乗りを聞く事も無く、一切の干渉を許さず、俺と距離を取る構えだった。俺と国の友好の証、国への柵として差し出されたにも拘らず、その役目を果たす気が無いと宣言しやがった。
妹らしき小娘もいたが、そちらは姉の宣言を聞き顔を蒼くしている。問題があるのは姉の方だけのようだ。
ついでに一緒に来た隣国の王女は呆れた顔をしている。彼女らの目にもこの馬鹿女の行動がありえないと映っているようだ。侍女たちも以下同文である。常識的に考えて、ありえない。
俺の方も目の前の女には何も思う所が無くなった。
これには魔法で頭の中を弄るよりも、もっと分かりやすい対応をしようと思う。
王都に即日返品である。
公爵と陛下に苦情を言いに行こう。一言言わないと気が済まない。
俺はこの馬鹿を捕まえると、魔法で空に舞った。




