出産・命名
「それじゃー、また来年ですー」
ヨカワヤ、今年最後の納品が終わると季節は冬である。
街道が整備されようと、雪が降ったら致命傷なので。王国の南の方は雪が降らないんだけど、王都から北の方は積もる程度に雪が降るのだ。
相場の5倍ぐらい出すなら来てくれると思うけど、さすがにそこまで支払いたくはないのだ。
今回の取引で穀物類と衣類、いくつかの小物を購入したが、こちらが鉄を納品したため売却利益で大幅な黒字を記録している。鉄が出来てから現金化までのタイムラグはこれまで手を付けていない商業分野への参入のため信用が無く、また高価な鉄を大量に持ち込んでも相手に買い取る資本力が無かった為だ。ようやく買い取れる資金を持つ取引相手を見つけたらしい。
毛皮や塩漬け肉の売り上げだけでは購入額の半分も届かなかったのだが、ようやく黒字になったと思えば感動も一入である。そもそも遠方への移動が絡んでこちらの買値が王都の相場と比較して初期は3倍、今は2.5倍なのでそれを差し引けば鉄が無くとも黒字にはなっただろう。
もっとも、王都付近ではこんなやり方は出来ないのでそこは辺境の強みなんだけどな。売り物が欲しければ辺境に行き、辺境に行けば買い物が難しくなる。頭の痛い話だ。
時間は少し遡る。
冬になり寒さが厳しくなると、人の活動が厳しくなる。
だが、引き籠った事で行き場を失ったエネルギーは消滅するわけではなく、別方向に向かうだけだ。
そして冬の直前、エネルギーの向かった先にある一つの結晶が誕生した。
男の子の、元気な赤ちゃんである。
アメリカでは台風が来た時に仕込まれる赤ちゃんをタイフーンベイビーなどと言うが、この世界の場合は冬の寒い時期に子作りが活発になるという統計結果があり、ウィンターベイビーとでも言ってしまおうか。秋から冬にかけて出産ラッシュが始まるのだ。
正確な妊娠時期を調べているわけではないので、あんまり自信を持って言える事ではないが。
我がグラメ村でも去年の秋に発破をかけ、仕込まれた子供がようやく生まれる。
もともと、技術の伝承には時間がかかる。本当は10歳ぐらいの子供を王都から引っ張ってきたかったのだが、それが叶わないので後継者や次世代は赤ちゃんから順に育てるしかなかった。
その願いが、ようやく届いた。
こちらの家族形態は特殊で、産まれてきた子供は村の子供である。特に父親が特定できない事もあり、「誰の子供」という認識が薄い。
これから皆で大切に育てていくとしよう。
子供が産まれる事で揉める事はいくつもあると思うけど、一番はやっぱり名前ではないだろうか?
一番の命名権は俺にあるけど、俺はパスした。俺のセンスはあまり良くないし、日本人的な思考が混じるからだ。
ちなみにサヴやヨカワヤの名前、俺の命名。二人は女性なので自分の名前が無かったのだ。なので俺が勝手に名付けた。本来、こちらの女性は「どこの生まれ、誰かの何番目の娘」と名乗るのが一般的である。非常に分かり難い。
この子は男なので普通に命名される事になる。
そして俺が権利を放棄したから村民は喧々諤々の大論争の真っ最中。生まれる前から草案を抱えていた奴らが殴り合いだったりリバーシだったりと、誰が名付け親になるかで揉めている。
権利を放棄しているのだし俺はそれに関わらないが、まとめる人間がいないと本当に決まらない。
とりあえず頑張れ。
俺は外から見ているだけだが。




