バランス調整
狩猟祭が終われば次は解体祭だ。
解体作業班の指揮の下、各々自分が狩った獲物を解体していく。数が多いので、皆でやらないと解体が間に合わないのだ。
素人仕事は手際が悪く、一部使いものにならなくなるがそこはそれ。経験値稼ぎと割り切っている。
たどたどしいナイフを持つ手は回数をこなすうちに洗練されていく。中には上達しないのもいるけど、そんなのはやってみなければ分からない事だ。まずはやらせてみるのが重要である。
今回の狩猟祭と解体祭、目的は大きく3つある。
一つは戦闘経験の確保と関連技能の習熟。
この時代、普通であれば村民全員が戦えても不思議が無い。生きる事に必死な者であれば何をするにも気迫が伴うのだが、いかんせん、このグラメ村は豊かで空腹に苛まれる事が少ない。その豊かさから「戦わなくてもいい」が「戦えなくてもいい」になってしまう。
中にはこの狩猟祭で戦闘行為に嫌気がさす者もいただろうが、ほぼゲーム感覚であるが故に普通にやらせるよりはずっと「楽しんで」戦えただろう。
心理的な抵抗を下げる事で敵の攻撃を盾で防ぐ、遠くから弓で撃つ、戦闘中に周囲を警戒する、狩った獲物を解体する。そういった行為に慣れてもらいたかったのだ。
狩猟をする事で普段やっていること以外の技能を覚えてもらい、皆で戦えるように経験値を稼いでもらう。
あとはエキスパートモードだとか言って、難易度を高くするだけだ。
最終的には対人戦までこなせれば完璧。盗賊が襲って来た時に自力で迎撃できるぐらいになって欲しい。
二つ目の目的は畜産関係者に誇りを持たせること。
活躍しやすい環境に持っていくことで、普段やっている事が無駄ではないと、血肉になっているんだと自覚させる。
あとは周囲が尊敬の眼差しを向ければ畜産業に力が入るというものだろう。
普段は俺しか褒めないからな。
兎の肉が安定して手に入ると言っても、俺が外で狩りをして肉を手に入れているため、そのありがたみを村民が理解しにくい環境だったのだ。
これで狩りの苦労を理解し、そんな事をしなくても安定して肉を供給する畜産センターに感謝するきっかけになるだろう。
肉の供給源なら俺にも感謝するだろう。と言うか、村民は彼らより俺の方により大きく感謝をしている。
だけど俺は統治者だからそういった感謝をたまに集める必要があるので、彼らの上位者として感謝されるのは当然であり、そうじゃないと不味い面もある。
なので、問題なし。
三つ目は、森の生態系のバランス調整。
猪や兎の数が多いのは、森にとってあまり良くない。
奴らは森の植物資源を食い漁り、森を枯らしかねない危険動物である。
減らしすぎると肉食動物の餌が無くなってしまうが、俺の調査ではかなり間引かないと不味いという結果が出ているため、今のところは問題ない。
こんなことをしないと不味いというのは、俺達が原因である。
グラメ村を作り出してから1年半ほど。その間、俺達は伐採事業を進めてきた。
そうなれば当たり前のように森が縮小し、動物の生存圏は狭まっていく。生存競争が苛烈になる。
同時に、俺が狩りをしているのも影響の一つ。
俺にとって狩りやすい動物は肉食動物だ。血の匂いに引き寄せられる奴を狩るのは移動しなくてもいいから楽チンで、つい肉食動物中心に狩りをしてしまうのだ。
熊とか、大きな音を出すだけでも寄ってくるし。日本の熊は鉄砲について学んでいるから逃げるだけで、こっちで熊除けの鈴を使ったら熊寄せの鈴になってしまうぐらいだ。
この狂わせてしまった森のバランス調整が、最後の理由。
細かいことを言えば秋になって海の水が冷たくなると、畑の作物を刈り終えてしまうと、人の手が余るというのも理由だけど。
特に今年は小麦も大麦も育てなかったから。手が空き気味なのだ。狩猟祭を企画実行できる程度に時間があった。
まぁ、それらの理由はもうどうでもいい気もするけど。
狩りを終え、自分で狩った獲物を解体し、その獲りたての肉を食う。
それがあまり美味しくない肉になってしまっていても、食べる村民は楽しそうだ。酒を片手に武勇伝を語り、他の仲間に茶々を入れられ、肉を齧りながら笑い合っている。
どこからか調子の外れた歌が聞こえ、歓声と笑い声が響き合う。
理由を求めるのは企画運営のお仕事で、彼らは彼らで楽しそうにしていればそれでいい。
≪遊戯空間≫なんて魔法を組む面倒もあったが、その労苦に見合う報酬を得ることができたようだ。




