こいつら、信じらんねえ。by聡
義母と義兄をカーテンの外に追いやってから、夏美のベッドの脇にある椅子に腰掛けた。
「夏美…。」
手を握って呼びかける。思えば手に触れたのは、何年ぶりだろう。こんなに手が荒れていたのか。俺が誕生石の指輪をプレゼントした頃とは比べものにならない。
反応しない手を見ているうちに家の中のことが心配になってきた。何もかも任せっきりだったから、どうしたらいいのか、見当がつかない。
家のことを考えていたら、夏美が実家に対してボヤいていたことを思い出す。「私は使用人じゃないっつーの!」と。頼られているといえば聞こえが良いが、新婚の頃から、何かと借り出されている。世話になっていることは確かだし、古い考えといえばそれまでだが、もう富良野家の人間になった夏美を、今だにやたら便利に使うのは、俺としても良い気がしない。ましてや、山川家の冠婚葬祭に俺ら夫婦に旗を振らせているのだ。普通なら、跡取りである義兄夫婦がするべきことのはずだが、こういうとき、奴らはのんびりと座ってこちらが指示を出さない限りは、くつろいでいる。
夏美は一見、山川家の両親に溺愛されているようにも見えるが、蓋を開ければ、便利使いなのだ。夏美が実家を避ける気持ちもわからないでもない。
それにしても、だ。なんだ、さっきの会話は!義兄はまだしも、義母に至っては「いなくなったら困る。」と言っているように聞こえたぞ。しかも集中治療室でケンカするかよ。
「聡さん、ちょっといい?」
義母がカーテンの隙間からそっと声をかけてきた。あえて露骨にイヤな表情を浮かべて椅子から立ち上がる。
「ごめんなさいね。話しておきたいことがあって…。」
義父の夢に、かつての部下である石津さんが現れたこと、石津さんの話によると、夏美は三途の川の手前にいて、「私は価値のない人間だから」と言っているらしい。非科学的だが、どこかスルーできない話に驚いていると義兄が口を開いた。
「何か、心当たりはある?」
呆れて思わずため息が出た。単身赴任してることをとやかく言いたいのかよ?夢の話が本当なら、確かに全く無関係とは言えないけど、少なからずアンタ達にかなり原因があると気づかないものかね。
やっとの思いで、俺は一言だけ言った。
「細かい用事が多くて、疲れてるんじゃないですか?」
こいつら、信じらんねえ。