わかってくれていると思っていた。by延夫
「そんなバカな…!あの旅行のことだって、後から原付バイクを買ってやったんだ。それこそ、旅費の何倍かの値段だぞ。俺なりに、あの時のフォローをしたぞ。それこそ、金をかけてな。」
「ノブさんの中では、フォローして解決しているのかもしれないです。しかし、お嬢さんは納得していないんです。仕方ない部分があったことを理解できない方じゃないはずです。お嬢さん、“悪かった”とあとから10倍のものを与えられるばかりじゃなくて、その時の本当に欲しいものを手にすることを望んでいたんとちゃいますか?」
「そんなのは、わがままだ!それに夏美は、エリート社員と結婚して、何不自由なく暮らせているはずだ。これからだって、エリートの奥さんとしての人生が待っている。祐一と違ってな。」
そうだ。夏美はしっかりしていて、勉強だってそれほどやらなくてもできた。息子の祐一は、がむしゃらに勉強しても出せない結果を、いとも簡単に出した。いいじゃないか。祐一に何かを譲ってくれたって。
「いいじゃないか。夏美は何でも手に入れる実力があるんだから。実力のない祐一に譲ってくれてもいいじゃないか。」
「ノブさん。それ、お嬢さんのせいですか?10倍の価値のものだってしょせんは“代わりの物”ですよ。“代わりの物”には限度がありますよ。」
「え?」
石津が眉をひそめ、さらに言った。
「それに、そんな裏を知ったら、息子さんが喜んだと思いますか?お嬢さんだけでなく、息子さんのプライドも傷つけてますやん。」
プライド…。考えたこともなかった。祐一は、事情を知らなかったはずだ。夏美は、そこは割り切って祐一に文句の一つも言わなかったはずだ。
「わかりました。お嬢さんには伝えます。もう川を渡ることも止めませんわ。ノブさんの仕事ぶりに惚れ込んでました。人柄にも。でももう過去形です。お世話になりました。」
石津はお辞儀をすると、俺に背を向けて歩き出した。
「待ってくれ…!」
何度も石津を呼び止めるが声にならない。
ハッと目が覚めたのは、まだ薄暗い夜明け前だった。気付くとびっしょりと汗をかいていた。
「夢か…。」
独り言を言いながら、石津の言ったことを思い返す。
あんなに何でもできるのに、自分には価値がないだと?…祐一のプライドも傷つけていた?
「ふざけるな!」
俺だって妻と協力して、必死で子育てしてきたのだ!そんなことあってたまるか!
「…どうしたんですか?大きな声を出して。」
見ると妻の詠子が上半身を起こし、驚いた表情でこちらを見ていた。
「済まない。実は、夢を見たんだ。」
「夢、ですか…?」
「石津が出てきた。夏美が三途の川の手前にいると、知らせてきた。」