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ティータイムまで、あと数分。

夏美はあの、長い長い散歩から帰ってきた数日後に退院して、ゆっくりと過ごした。子供たちが夏休みに入ったことも助かった。子供たちには家事もたくさん手伝ってもらえたが、療養中ということもあり、夏美が車を出さなくても済むように動いてくれているので、かなりのんびりと過ごした。今年の夏は「お兄ちゃん(祐一)の子供たちを預かるから手伝って。」という依頼も来なかった。正確には“来させなかった”と言うべきだろう。夏美は、あの日以来、実家の両親からの電話やメールを拒否しているのだ。そのために祐一からの電話が数回かかってきたが、「アンタには関係ない!」に始まり、それまでガマンしてきたことを言葉にしたら、祐一は怒って電話をよこさなくなった。


「何か、物足りないな…。」

秋の足音が聞こえてきた、ある昼過ぎのこと。熱くなっていた気持ちも冷めて、体調も落ち着いてきた夏美が口にした言葉だ。


実家に無理を言われて迷惑したのは確かだが、バッサリと関わりを絶ってしまうのは、寂しいと感じていることに気づいたのだった。祐一の家庭の事情に巻き込まれるなどの、無理を言われるのでなければ、用事を頼まれることがそこまで嫌だったわけではない。

「電話してみようかな…。」

つぶやいてみるが、あんなことを言った上に電話を無視してきた手前、なかなか気まずい。子供たちも連絡を取らなくなっているのだ。聡はつい先日「連絡取ってないのか?」と気にしだした。その時はまだ熱が冷めてなかったので「取るわけないじゃん!」と言い放ったが、気にならなかったわけではない。

「…。ヨシ!」

スマホの画面とにらめっこすること小一時間。何度、画面にロックがかかっては解除したことだろう。やっと実家の番号の画面の通話ボタンをタッチした。ドキドキしながら呼び出し音を聞く。さんざん無視したのだ。出てもらえなくても当然である。

「…夏美ちゃん?」

「…お母さん。…久しぶり…。」

懐かしい詠子の声に、これだけ言うのがやっとだった。

「今は何してるの?」

「別に…。」

「今から来ない?ケーキ食べましょうよ。」

思いがけない明るい声に拍子抜けしていると詠子が続けた。

「たくさん食べましょうよ。すぐに来て!用意して待ってるから。」

「…わかった。」

びっくりして電話を切って、出かける支度をしていると、腕時計をはめる手首に雫が落ちた。

「ああ、メイクが崩れちゃう。」

慌ててドレッサーの前に戻り、鏡をのぞき込む。軽くアイシャドウを直そうにも、涙で滲んで広がってしまう。

あんなにひどいことを言ったのに、明るく接してくれた詠子の心に、深い優しさを感じた。そして本当はさみしかったのに、自分の気持ちに気づかないふりしていたのだ。

「お父さん、お母さん、ごめんね…。」

涙がどんどん溢れてきて、なかなか身支度ができない。


一方、詠子は-。

「お父さん!夏美ちゃんが来るって!大急ぎでケーキ買ってくるから!」

大声で、パソコンに向かう背中に声をかけて、返事を待たずに飛び出していった。延夫が振り返ったときにはもう車のドアを閉める音が響いていた。

ハンドルを握る詠子もまた、涙ぐんでいた。自慢の娘でなくても、そばにいてほしいということに気づいた頃には、電話に出てもらえず、どうしたものかと落ち込んでいたところだったのだ。詠子には今回のことは、嫁姑問題よりも堪えたらしく、白髪が急に増えたようだ。

「たくさん買ってあげましょう。子供たち用に持ち帰る分も。」

店に着くと、詠子は涙をそっと拭いながらケーキを選んだ。夏美の好みも、俊太郎や莉乃のお気に入りも忘れてない。

「夏美ちゃん、ごめんね…。」

店を出て、ケーキの箱を見つめて呟き、車に乗り込む。また涙を拭って、ハンドルを握った。こんなにドキドキしながらケーキを選んだのは初めてなのだ。早く夏美に会いたくて、信号待ちさえもどかしい。


仲直りのティータイムまで、あと数分。


           【完】

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