自分の人生だからこそ。~その1~
「石津さん。父と話してくださったことは感謝しています。知って納得したような、知らないままでいたかったような、気持ちです。」
戻ってきた石津に夏美は頭を下げた。
色々と用事を頼まれようが、一人の人間として大事に思われていると信じたかった。しかし、石津が延夫と話している映像や、眠っている夏美の前での詠子と祐一の口論の映像は、便利使いや見栄の道具にされているとしか思えなかった。聡にしても、ついてくれてはいたが、家事の心配や子供達の食事の心配が先のようだった。
「自分の人生だからこそ、自分の意思で終わりにします。」
嫌われたくなくて、ガマンしてきたことは、誰にも気づかれなかった。そんなイヤな思いをしたのに。それならイヤなことはイヤと言えば良かった。
「待って!」
「お母さん‼︎」
声と同時に、石津の背後に現れたのは、俊太郎、莉乃の二人だった。
「間に合いましたな。」
石津が振り返って二人に微笑む。聡が来ないことは、想定内だったのだ。
「二人とも、どうして?」
夏美が驚いていると、二人が口々に叫ぶ。
「お母さん、帰ってきて!」
「お料理、教えてくれる約束でしょ?」
「俺たちはお母さんに頼りすぎだった。これからは、お母さんに負担かけないようにするから。」
「お母さん、ごめんなさい。頑張るから、一緒に帰ろう。」
二人の言葉に石津は笑顔で頷く。
「お嬢さんのお子さんが、“ご家族”がこんなに言うてくれてますのや。この石津を立てると思うて、戻ってください。閻魔さんの目ぇ盗んでここまでするの、大変やったんですぜ。」
「そうですね。…ところで、お父さんは?やっぱり来ないか。ああいう人だもんね。」
「無理じゃね?」
バツが悪そうに俊太郎がうつむく。
─夏美ちゃん…─
そよ風のように声が届いた。
「ひいばあちゃんの声だ!」
「あ…。」
石津も思わず声を上げる。
「この声、おばあちゃんだったの?」
夏美が驚いていると、子どもたちが今度は驚く。
─ごめんなさいね。焦ってあなたを呼んでしまったけど、やっぱり帰りなさいな。大事なひ孫を悲しませるところだったわ。石津さんも、申し訳なかったわ。
「おばあちゃん…。」
懐かしさに涙が頬を伝う。
─さあ、泣いてないで。帰りなさいな。私の葬儀の時は、最後までありがとう。あなた達の働きぶりに感心したわ。それから、延夫のことは、叱っておくわ。
「見ててくれたんだ。」
─もちろんよ。延夫たちが祐一を動かさないことにヤキモキしていたのよ。あなた達が大変だったことは、富良野家のご両親もわかってくれているわよ。
「そうなのかな…。」
─そうよ。あなたの立場があるから、何も言わなかったみたいだけどね。良いお家にお嫁に行けたわね。
「おばあちゃん…。」
─あらあら。小さな頃の泣き虫さんに戻っちゃったわね。夏美ちゃんの手料理が恋しいけど、いつかまた会えたときのお楽しみにしておくわ。その時はだし巻き玉子、お願いね。
「焼くよ。焼くから、ちゃんと待っててね。」
泣きながら返事をする夏美の後ろで、俊太郎と莉乃も一緒に涙ぐんでいた。




