「ばあさん、何してますのや?」
「ばあさん、何してますのや?」
石津は川の向こうに一瞬だけ戻ってきて、川辺のウッドデッキにある椅子にゆったりと座り、歌うように夏美の名を呼んでいる老女に話しかけた。
「あら、石津さん。ご無沙汰しております。」
「あ…。これはお母様、お久しぶりです。生前はノブさんには大変お世話になりました。」
振り返って微笑む老女に石津は慌てて頭を下げた。夏美の祖母、つまり延夫の母親の清子だったのだ。
「あの、何のために、お嬢さんを呼んではるんですか?」
おずおずと尋ねると、清子は笑顔で答えた。
「そろそろ寂しくなってきたんだもの。それに、夏美ちゃんの手料理も恋しいし。」
川の向こうから呼んでいた声は、清子だったのだ。
「しかしお母様。お嬢さんにはもうご家族がいるんですよ。」
「いいじゃないの。私が会いたいんだから。」
「夢で会ったらエエやないですか。」
「夢じゃ、お料理が食べられないもの。」
「お料理なら、得意な方がこちらにもいてるでしょう。」
「夏美ちゃんのお料理がいいの。それに、疲れてるみたいだし。いいじゃないの。」
「ノブさんを叱る立場の人が何をわがまま言うてるんですか!お嬢さん、道具とちゃいますでしょう!」
「だって。何でもできるんですもの。頼りの孫なの。それに、あの子の焼く出汁巻き玉子は絶品よ。」
清子は譲らない。優しい笑顔で譲らない。生前は、こんな分からないことを言う人間ではなかった。石津は戸惑いを隠せない。
「しかし…。」
「身内が来ない寂しさ、あなたにわかる?」
「…っ!」
まだ言葉を発する石津に、清子がどす黒い声とともに険しい表情を見せた。あまりの険しさに石津は絶句した。底知れぬ寂しさが、清子を般若に仕立て上げたようだった。
「か、考え直したってください。お嬢さんはまだこっち来たらあかんのです!」
石津が清子に土下座をすると、清子の姿が消えていった。
「早くせんと手遅れになってしまう…!」
また急いで川を渡っていく石津だった。




