甘い香りの思い出。by俊太郎
お母さんが倒れてから、2日が経とうとしている。お父さんは単身赴任先から、慌てて駆けつけて、つきっきりだ。もっと以前にこうしていれば、お母さんが意地になって頑張りすぎることはなかったのかもしれない。意地になって、お父さんを単身赴任させずに家族四人、今でも一緒に住んでいられたかもしれない。
「もう、大人に近づいているから、信頼して、話しておくわね。」
最近になって、お母さんが色々と話してくれたことが甦る。
お父さんが、仕事だからとゴルフ三昧で、お母さんの話を聞いてくれないこと。気分次第でお母さんをバカ呼ばわりすること。そして、お母さんの方のおじいちゃんやおばあちゃんが、お母さんをやたら借り出すので、自分の実家なのにあまり近づかないようにしていること。
時々、気まずい様子で言葉を飲み込んでいたことを思い出して、点と線が繋がった。大人の事情があるというのは、こういうことなんだと知った瞬間だった。
幼稚園の頃から、僕や妹の莉乃が帰る頃には、たいてい家中が甘い香りに包まれている。お母さんがパウンドケーキやクッキー、プリンなどのおやつを作ってくれているのだ。そんな甘い香りを漂わせながら、そんな風に悩んでいたことは、僕にとってかなりのショックだった。遠足などのお弁当の日には、デザートに果物の他にパウンドケーキやガトーショコラが入っているのが、自慢だった。みんなが羨ましがるから、一口ずつ分けた時は、なんかくすぐったい気分だった。「俊太郎いいなー。いつもこんなの食べてるの?」とか言う奴までいて。
お母さん、もう僕たちはお母さんの手作りおやつが食べられないのですか?いや、食べられなくてもいい。目を覚ましてください。
神様、まだお母さんを連れて行かないでください。




