あと数歩…。
「重~。もう少し。この最後の二袋を出したら完了~。」
ゼエゼエ言いながらゴミ出しをしていた。庭木の枝切りをしたので、普段の何倍ものゴミが出たのだ。その膨大な量のそれを出すため、家とゴミ捨て場を何往復もして、これが最後の二袋。ゴミ捨て場まであと数メートル、あと数歩。…のはずだった。
「富良野さんッ!富良野さんッ!しっかりして!」
「誰か!誰かー!富良野さんが!」
茶飲み友達でもある近所の奥様方の声に、あっという間に人垣ができた。
しかしこれらの悲鳴のような声も、ザワザワとする声も、夏美には聞こえない。
「富良野さん、聞こえますか?」
ほどなくして到着した救急隊員の呼びかけも聞こえず。
富良野夏美。44歳の初夏。ゴミ捨て場の手前で倒れ、救急車にて搬送─。
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「お兄ちゃん、それ私のポテトチップスだよ!」
声を上げたのは小学生の夏美。
「僕のだ。」
「いいじゃないの。夏美ちゃんの方が好きなお菓子の種類、多いんだから。」
「だって、私のなのに、嘘ついてるし…。」
「兄妹なんだから、いいじゃないの。許してあげなさい。意地の悪いことを言わないの。」
「いやだ!泥棒じゃん!」
「うるさい!」
夏美の兄は、いつもおやつが足りないと夏美の分を取り上げて食べていた。そのたびに祖父母が割って入り、兄をかばい、その上、夏美を意地悪扱いして、叱った。兄は居直って夏美を殴っても叱られることはなかった。当時、両親は共働きで昼間は家にいなかったために、こんなやりとりを知らない。
「いやだったなあ。誰も味方がいなくて。」
ひととおり見ていた夏美は、当時の理不尽さを思い出してため息をつくと、浮かんでいた映像は煙のように消え去った。
「なんだったの?ところで、ここはどこなの?」
「おいで…。」
どこからともなく聞こえてきた声に振り返るとエメラルドグリーンの水面が広がっていた。
「キレイな海!ワイキキみたい!沖縄も似てる。ゴールドコーストにも!」
水に足を進めると雷が落ちるような大声が響き渡った。
「お嬢さん、入ったらあきまへんで!」