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■ 後 編

 

 

 

春の夜。


レースのカーテン越しの様な淡いおぼろ月が、やわらかい光を注いでいる。

常夜灯のほのかな灯りも相まって、静かな住宅街を行くふたりの影は

しっとりとアスファルトにその形を落としていた。

 

 

ハルキから数歩遅れて、後ろを歩くサクラ。

照れくささが拭いきれず、隣に並び歩くことすら出来ずにいる。


サクラを振り返り、そっと手を差し出したハルキ。

反応しないサクラへ、手の平を広げ、ひらひらと揺らし急かした。


すると、口をつぐんだままサクラがそっと手を伸ばした。

その華奢な手は、ハルキの大きな手の平に滑り込み、きゅっと握る。

 

 

 

 『なーに、照れちゃってんのー?


  コドモん頃なんか、いっつもこーしてたじゃーん・・・』

 

 

 

どうしても緩む頬が堪え切れないハルキは、腕をブンブン振り上げて

可笑しくて仕方ない風に笑った。


サクラが。愛しくて、愛しくて、仕方ない。

 

 

 

 

  (あー・・・戻りたくねーなぁ・・・。)

 

 

 

 

チラっと横目でサクラを見ると、やっと目が合った。

 

 

 

 『お前、髪伸びたなぁ・・・?』

 

 

ほんの少し、気持ち程度だが、女らしくなった気がしないでもない。

そっと手を伸ばし、指先でサクラの髪の毛先をつまんだハルキ。

 

 

 

 『・・・伸ばしてんの?』

 

 

ちょっとからかい気味に訊くと、『別に・・・。』 と少し怒った顔を向けた。

ハルキの笑い声が、静かな住宅街に響く。

 

 

『笑ってんじゃないよー!!』 ムキになるサクラ。

可笑しくて可笑しくて体を屈ませて、ハルキは笑い続けていた。


笑いすぎて火照ったその頬を、春の夜風がやさしく通り過ぎた。

 

 

 

 

 

 

ほんの短い時間のハルキの帰省は、あっという間に終わりを迎える。


22時の特急列車が最終だった。

それに乗って戻り、明日も”センセー”をしなければならない。

 

 

駅のホームに、ふたり。

平日という事もあり、最終の特急列車を待つ人の姿は疎らだった。

駅の蛍光灯だけが、不必要なまでにギラギラと辺りを明るく照らしている。


 

 あと15分。

 あと15分で、また暫く離れ離れになってしまう。

 

 

少し冷えた夜風が静かにそよぐ。

寂しさを堪え切れないサクラが不満気に口を尖らせ、眉根をひそめた。


すると、ハルキが肩掛けカバンに手を入れ、ゴソゴソとなにやら探している。

そして、探し当てた物を掴んで言った。

 

 

 

 『はい。大学合格 アーンド 高校卒業の、お祝い。』

 

 

 

『えっ?!なになに??お金?』 サクラの顔がパッと明るくなる。現金な奴だ。

差し出したサクラの両手の平に、コトン。と落ちた四角い小箱。


ヌバック調素材のそれは、ハルキの手からまるでボールでも放るように

気軽にサクラの手の平へ滑り落ちた。

 

 

暫し、自分の手の平のそれを黙って見つめているサクラ。

 

 

 

 『・・・なにコレ・・・。』

 

 

 『ん? ご褒美。


  お前。勉強、チョー頑張ったから。』

 

 

 

まだ手の平のそれを黙って見つめ、サクラは固まったまま。

 

 

すると、ハルキがそのリングケースをそっと開けた。

そこには、まばゆいほどに輝く指輪が。

煌めく石が伏せ込みされたシンプルなプラチナラインの婚約指輪。

 

 

 

 『してみれば?』

 

 

 

呆然と、ただ見つめているサクラ。

瞬きも忘れ、わずかに口も開いている。


ハルキが指先で指輪を掴むと、サクラの薬指にそっとそれを滑らせた。

 

 

 

 『石、埋め込まれてっから、しててもジャマんなんねーだろ。』

 

 

 

サクラの左手を掴んだまま、ハルキが顔を覗き込んで言う。

すると、サクラがガバっと顔を上げ、眉間にシワを寄せて慌てふためいた。

 

 

 

 『あ、あたし・・・お返しなんにも準備してないよー!


  アレでしょ?こうゆーヤツのお返しは。


  ・・・なんか、時計?とか。ネクタイピン、とか。


  そうゆーのを、ちゃんと・・・』

 

 

 

 

まくし立てるサクラに。

 

 

『・・・調べたんだ?ちゃんと。』 ハルキがニヤニヤ顔を向ける。

 

 

 

 『ちが・・・た、たまたま。見た、だけ・・・』

 

 

サクラが目線を落とす。

 

 

 

 

『どこで?どこで見たの?』 ニヤけるハルキの追及は止まらない。

 


  

 

 『ヤ、ヤフー・・・の。たまたま・・・』

 

 

 『ヤフーの、どこ?どのページ?』

 

 

 

『・・・もう!うっさい!!!』 サクラが真っ赤になって怒鳴った。

 

 

 

 

  (あー・・・萌え死にしそう・・・。)

 

 

 

ハルキが腹を抱えて大笑いする。

静かな駅のホームに、幸せそうな笑い声が木霊する。

 

 

 

その時、電車がゆっくりと軋む音を立てて滑り込んできた。

その姿を捉え、途端に泣き出しそうな顔をするサクラ。

 

   

 

ハルキの胸にぎゅっと抱き付いた。

胸に顔をうずめたまま、呟く。

 

 

 

 『ありがとう、ハルキ・・・。


           すっごいすっっごい嬉しい・・・。』

 

 

 

それは涙声となって、ハルキのシャツに吸収される。

 

 

 

 

  (あー・・・離れたくねーなぁ・・・。)

 

 

 

 

ゆっくり首を反らし、顔を上げたサクラ。

ちょっとだけ、つま先立ちをして。

 

 

 

 

 そっと目をつぶる。


 ハルキの温かな唇が、やさしく触れた。

 

 

 

 

 

  (あー・・・連れてっちゃおっかなぁ・・・。)

 

 

 

そして、もう一度。

ハルキにしっかり抱き付いた。

 

 

 

 『もうちょっと待っててね・・・


       がんばってオトナんなるから・・・。』

 

 

 『ん・・・。


     別に、慌てなくていーから・・・。』

 

 

 

 

 

 

電車の窓越しにハルキを見つめ手を振るサクラ。


やっと日の目を見た婚約指輪が、眩しいほどに輝いていた。

 

 

 

                      【おわり】

 

 


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