ムキムキでもアピールしたい。
ムキムキだって恋したっていいじゃない。
朝からなんだか姫様はご機嫌でした。
晴れ渡る空は気持ちよいし朝食も美味しいし、訓練している兵達の成長も感じられる稽古ができたし、弟のシュバルツたんの可愛さも絶好調だしと良いことづくめです。
気分がよい姫様は昼は外でピクニック風に食べたいと思いつきました。外見は可憐な、中身は辛辣な幼なじみ侍女のロッテに頼んで昼食をバスケットに積めてもらった姫様はお気に入りの場所へと向かっていきました。
城の中庭の隅の(姫様にとって)小さなガゼボが姫様の大事なお気に入りの場所。
父である国王が傭兵稼業で城に不在中よく母と姉妹とでお茶やピクニック風昼食を取った秘密の場所。
古いがよく手入れされたガゼボを覗くと、
姫様の天使が眠っておりました。
☆☆☆☆☆☆☆
ある国にそれはそれは勇猛果敢な凛々しい姫様がおりました。
剣をふるえば、ばったばったと相手をなぎ倒し、
組手をすれば、軽々と投げ飛ばし蹴り飛ばし、
走れば風のように早い。
その肉体は鋼のように強く…なんと言いますかムキムキマッチョでした。
姫様は六人の弟妹がおりました。
二の姫から五の姫まで、おまけに末の弟も皆が美しいと評判の王妃様に似ましたが、その姫はそれはそれは父である国王の面差しに似ていましたので強面でした。
父である国王は周辺諸国どころか隣の大陸まで名を轟かすほどの強さを誇り、かつ戦場では冷酷無慈悲な悪魔の王と呼ばれ恐れられておりました。
そんな父に似た姫は大変男らしい顔立ちな上、ムキムキマッチョでした。
☆☆☆☆☆☆
天使…もといい姫様の思い人のリヒト君が書類を握ったままガゼボの中にあるテーブルに伏せて眠っていました。
相変わらずふわふわっかつ艶々キューティクルな髪。
しかしながら、いつも薔薇色の頬が少しくすんで見えるのは調子が悪いからでしょうか?
このままあますことなく観賞し続けたい姫様でしたが、城の文官の休憩時間を思うと起こしてあげるしかありません。
断腸の思いでリヒト君の肩を優しく揺すります。
「ふぁ…ぁ…、あれ…?
あっ、ひ姫様!御前で失礼しましたっ!!!」
慌てふためくその姿すら愛らしい。
姫様はクール顔を維持しながら、気にするなと声をかけた。
本心的に言えばリヒトたんのマジ天使!もう愛らしくて死にそう!!!!と高速ゴロゴロをしたい心境でしたが。
それにしても…と、姫様は思います。リヒト君はやはり顔色が優れません。
「調子が悪いのか?
顔色があまりよくな…」
キュルルルルルルルルルルルルルルる。
姫様の問いかけをぶったぎる豪快な腹の虫が響き渡りました。
発信源は真っ赤に頬を染めるリヒト君。
恥ずかしすぎるのか目に涙すら浮かんでいます。
「私一人では食べきれないので、良ければ共に食べてはくれないだろうか?」
バスケットを開けながら姫様が問うと、リヒト君は少し迷ったのち頷きました。
中身が食べきれないのは嘘です。
姫様ならば余裕で完食できますが、好きな人の前で大食いなんてっ!きゃっ!的な乙女的葛藤が嘘をつかせたのでした。
最も仲よく半分こしたところで姫様にとって腹八分目的な量なのです。分けるのに躊躇いなどありはしませんでした。
「姫様は、こういった食事を好まれるのですか?」
「たまに外でピクニック風に食べたくなるときがある。昔、ここでよく妹達や母と食事したんだ。
私は基本的になんでも食べるし、野営での食事にも慣れているから特に何が好きということは…ああ、この前の苺は好きだな。甘いものは基本的に好きだ。」
「女性は甘いもの好きですものね。好物が苺って可愛らしいですね。」
串焼きに手を伸ばしながら、さらりと言ってのけたリヒト君の言葉に姫様は固まります。
か
か
か
かかかかかかかかかかかかかか
可愛いって可愛いって可愛いって可愛いってええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!??????!????????!!!!!!!!
姫様は動揺しまくりました。
ドキドキドキドキドキドキと、心臓がうるさいです。
可愛いなんて、異性に言われたのなんて初めてでした。
きゅん死しそうです。
もう今夜はドキドキで眠れないかもしれません。
思わず横を向き手で顔を覆った姫様は顔の赤みを消そうと必死です。
幸いなことにリヒト君は串焼きに夢中で気付いていません。
私の鋼の肉体よ、精神よ、今こそ耐えるんだ!
この短い至福の時をあますことなく味わうために………!!!!!!
姫様は全力て自分の心を静めました。
リヒト君といると心臓がいくつあっても足りません。
どんなに鍛えようとも恋する乙女はいつだって好きな人にかかれば瀕死寸前なのです。
「ところで、顔色が悪いが何が問題でもあるのか?
一人で根をつめてしまうような事態になっているならば力を貸そう。
文官がいて武官がいて、全てを支える使用人がいてこそ城が成り立つのだ。皆が気持ちよく仕事をできるよう力を尽くすのが王族の勤め。なんでも言ってほしい。」
姫様はキリリとして言葉を紡ぎます。
重々しく言ってますが要は『大好きなリヒトたんの為なら私なんでもしちゃうんだからっ』です。
「…二の姫様の嫁ぎ先から一人文官の見習いが来ているのですが…」
リヒト君は暫し迷ったのち、口を開きました。
先日、台風の目の二の姫様がやって来たときにひとつお願いをされたのです。
旦那様の従兄弟の子達を鍛えてやってほしい…と。
実際に言われたことは、
『調子こみ達をぼこぼこのべこべこにして鼻っ柱を折り、真人間にしてやってほしいのっ☆
本当、このままだと害悪にしかならなくて成敗しなきゃならなくなるわ。
そうすると旦那様に余計な面倒やら恨みやらが降りかかって、めんど…いえ、心配でお腹の子にも影響が…お父様、お願い聞いて下さらない?』
若い頃の妻に瓜二つの娘のいうことをホイホイ父である王は聞いてしまいました。
まぁ姫様も二の姫様のお願いならばなんだって叶えてきましたので気軽に引き受けました。
6人中5人は騎士を目指しているモノ達の為姫様が直接指導しました。
早々に鼻っ柱は折れ、今では真面目に訓練をしています。
残り一人は内務大臣に委ねられたのですが…
「内務大臣の元で働くにしても能力が無さすぎて…勝手に手を出し余計な仕事や、完成書類をめちゃくちゃにるので会計監査課で引き受ける事になったのです。
監査もこの前終わったばかりでしたし。書類作成の仕方や簡単な計算を纏める作業を教える事になったのですが…」
リヒト君は言葉を切りました。
それすら出来ない愚かっぷりなのでしょう。
姫様は目で先を促します。
「彼は選民主義というか…貴族でないと言うだけで口を利きません。うちの課は横領やら圧力やらに屈しない人材を主としています。
ゲオルグは身分制度にあまりうるさくなく実力主義で彼の言う平民ぶぜいが高い地位に居ることは珍しくないのです。課の半分は平民あがり。
しかも傭兵稼業を請け負う荒れくれものもいる連中を相手に口で戦うんです…その口が悪い面も…今職場は戦場で…
居ても気が休まらないと言うか、仕事になりません。」
「それで此処で仕事を?」
罵り合戦になっているのでしょう。
それをなだめるリヒト君が目に浮かびます。
会計監査課の面々は冷静沈着、慇懃無礼、無表情か張り付けたような笑みしか浮かべない面々がほとんどなので、リヒト君は正直浮いてます。
いいとこの貴族の坊っちゃん的といいましょうか。
愛される反面侮られがちです。
「いえ、仕事は彼が退勤してから皆で済ませてます。業務には問題ありません。
これはあちらの国の装飾文字の勉強です。」
「は…?」
何故ゆえ、装飾文字?
姫様はちょっとポカンとした顔になります。
というか会計監査課の面々は定時から二時間残業で帰宅していたはずです。
仕事が一段落したとはいえ、一日の仕事を二時間で片付ける彼らの優秀さにビックリです。
「優美さにかける文字は見る価値もないと言われまして。
一番年下の僕がこれをマスターして書類を作ってぎゃふんと言わせたいなって頑張ってるんです。」
照れ笑いを浮かべながら言うリヒト君。
何て言う男気でしょう!
天使かつ男気溢れる可愛い人に姫様はメロメロです。
姫様的には微笑んで、端から見ると凶悪な笑みを浮かべ姫様はリヒト君の頭をポンポンと撫でました。
「その意気やよし!
流石はメイズの息子だな。ゲオルグの男子たるもの不屈の精神と努力を忘れてはならない
。
私も陰ながら見守ろう…しかし、無理はするな。
倒れてはもともこもない。」
そう言って、姫様は空になったバスケットを持ちその場を立ち去ります。
もう限界です。
今すぐリヒト君の可愛さと男気に激しくゴロゴロして、ロッテに語りたい。心のなかでスキップしながら姫様は後も見ずに去っていきます。
だって振り返ってリヒト君を見たらその場で悶えてしまいそうですもの。そんなことすれば引かれてしまうでしょう。
だから姫様は、その場に残されたリヒト君がどんな顔をしていたかなんて知りませんでした。
さぁ、果たしてムキムキマッチョの姫様に春は訪れるのでしょうか。
その答えは、リヒト君の胸の奥に眠っています。
可愛い顔して男気溢れるリヒト君でした。