蝉の鳴かなかった屋上
どうも、黛花織といいます。これが処女作です。この話がハッピーエンドへ向かってくれるかは判りませんが、頑張って終わらせることを目標にします。
黒板にチョークの当たる音が響く。そこにはたくさんの年号や人物の名前が記載されていた。授業は世界史で、それも中国史。判りやすいように一生懸命説明している老教諭には悪いが、俺はこの手の話に詳しいため、この時間があまりにもつまらない。かといって、ノートの隅に小洒落たイラストを描く趣味も、何かの紙の切れ端に手紙を書いて教室中に回すといった、その他内職と呼ばれるような趣味は俺にはない。俺は顔を伏せて寝ている体勢を装い、時間が過ぎるのを待っていた。
俺の通っている私立高校は、一応進学校を名乗っているため、生徒諸君の授業態度は概ね悪くはない。授業中ずっと寝ていたり、うるさくして授業妨害をしたり、授業にさえでない奴もいるが、それはほんの一部だけ。かくいう俺も、普段は寝ることなくきちんと真面目に授業を受けているつもりだ。時間帯が四時限目ということもあってか、教室内にいる大半の生徒の集中力は切れてきているが。
ふと窓を見てみる。俺の席は窓側の一番後ろ。良くも悪くも目立つ席だが、結構気に入っている。日差しがちょうどいい具合に当たるから。空は雲一つない快晴で、まさに夏という景色だった。別にそんなことには興味ないが、あるものが俺の視界を横切った。
なんだあれ。鳥? いや、鳥はあんな不安定な飛び方はしない。……紙飛行機?
次いで、大小異なる丸い物体も飛んできた。これは言わずとも、シャボン玉だと認識できる。何故こんな時間帯に紙飛行機やらシャボン玉が飛んでくるのか。それだけしか見なければただの謎だが、俺にはこれが誰の仕業なのか大体の予想がついた。
ちらっと教室を見渡す。誰も窓に注目していない。黒板やノート、あるいは睡魔にしか意識が言っていないな、よし。
「先生」
俺は右手を挙げた。
「どうした、真渕」
「ちょっと具合が悪いんで、保健室に行ってきてもいいですか?」
頑張って病人ぽく演じてみる。
「そうか。なら誰か付き添いを……」
「いえ、大丈夫です。一人で行けます」
普段は真面目に授業を受けているから、俺は何の疑いもなく授業を抜け出せた。こういう時、真面目にしててよかったと思う。
少し教室から遠退いて、俺は小走りで屋上へと向かった。
立ち入り禁止と書かれた札がかかっているドアノブに手をかける。この札は建前上だけで、何の威厳もない。現にみんな昼休みなんかはここに来ているらしい。ドアノブを握りしめ、ゆっくり前に押す。錆びた鉄が擦れる音が響く。落下防止のための策の所に、やはり俺の思い描いていた人物がいた。
「何してんだよ、中河内」
そう呼ぶと、中河内はストローを咥えたまま目だけを俺の方に向けた。風でなびく長い黒髪に、日焼け一つない白い肌。夏なのに長袖のシャツを捲っただけで、下はスカートに黒タイツを着用している。なのにこの炎天下の中汗一つ流れていない、まさに和風美女。名を、中河内未来という。
中河内とは、中学三年の夏頃から一緒にいる。ちょうど、一年前の今の時期辺り。ちなみに、名前は『みらい』と読まず『みき』と読むらしい。
「なんだ。真渕か」
興味がないように、中河内はシャボン玉の駅のはいった瓶にストローを浸け、またストローを咥え息を吹き込んだ。出来上がったシャボン玉は、風に揺られて飛んで行った。
「また授業出てないのかよ、単位はどうなんだよ」
「別に。テストで点数は取れてるし、まだなんにも問題は出してないから、大丈夫なんじゃない?」
お前の大丈夫は信用できない。が、本人がそれでいいと思ったのなら放っておく。俺には関係のないことだ。
「君こそいいのか? 授業抜け出したりなんかして」
「俺は普段真面目だから、授業の抜け出しの一つや二つは心配のうちに入らない」
「とんだ自信家ね」
「どっちがだ」
俺は中河内の隣に座り込んだ。すると、珍しいことに中河内も一緒に座り込んだ。俺は尋ねる。
「どういう風の吹き回しだ」
「どういう意味よ」
「お前から俺に近づくとか、何百年に一度の奇跡だろ」
「人間、そこまで生きられないわ」
さいで。
それにしても冗談も融通も利かない奴だ。面白味も何ともない。だが、俺はこれくらいの人間とつき合うのがちょうどいい。俺自身も面白味に欠けているから。
ところで、俺たちは決して恋愛関係でつき合っているわけではない。ただ、俺たちが一緒にいることで互いの目的にメリットがあるから、友達としてつき合っている。それだけ。まあ、向こうは友達と見てくれているかは判らないが、それ以上の言葉で説明はできないので俺は友達ということにしている。まあ、もっと似合う言葉があるとすればそれは、
「真渕」
急に名前を呼ばれた。
「今、何時?」
こいつが時間を気にするなんて珍しい。と思いつつ、俺は腕時計を見る。時刻は四時限目の終わる。二分前。それを確認し、俺は一つ思い出したことがある。
俺は「具合が悪い、だから保健室に行く」みたいな感じで教室を抜けてきた。つまり、クラスメイトの誰もや老教諭は俺が保健室にいると思い込んでいる。もしあの老教諭が俺のことを聞きに保健医室まで行ったら、俺の今まで積み上げてきたものが台無しになるかも知れない。
「ちょ、中河内。俺、保健室にいなきゃだから……」
立ち上がろうとしたとき、何かに袖をくいっと引っ張られた。言うまでもなく、中河内だ。
「…………?」
不思議に思い顔を覗くと、俯かれててよく判らない。だが、この行為が何を示すのか、俺はよく判っていた。俺は袖を掴んでいる手をそっと離してから立ち上がり、代わりに腕を引っ張った。
そして。
俺は中河内の後頭部に手を回し、唇を重ねた。その時ちょうど、四時限目終了を告げるチャイムが鳴った。
俺たちは決して恋愛関係でつき合っているのではない。互いの目的のために一緒にいるだけで、それ以上でもそれ以下のものでもない。もし、俺と中河内の関係を友達以外の言葉で、もっと的確に表すとすればそれは、
形も何もない、ただの歪な関係。
いきなり暗い感じになってしまった……もう少し長くなる予定です。しばらく更新しない時があるかも知れないので、続きは気長にお待ちください。