compressor unit 回転ショート6
1000文字くらいで収めようと思ったらテンションが上がってしまったのでしす。
でしす。
リビングで映画を見ていたら急にベランダの窓がガンガンと叩かれて思わず私は「ギャッツ!?」という情けない声を出して驚いてしまった。その時見ていたのがちょうど『叫』だったのも悪かったのだろうと思う。
何事かと思って部屋の電気をつけて閉め切ったカーテンをシャーってやると、そこには一人の女性が立っていた。
「あ、開いた。おーい」
「だだだ誰!?」
「私だよー、私だよー」
見覚えのないその女性は私がカーテンをシャーってしたことがよほど嬉しかったのか、キャッキャと言ってはしゃいだ。窓を更にガンガンやっていたので、私は思わず、
「割れちゃう、窓割れちゃうから!?」
みたいなことを言ってその行動に対する静止を訴えた。
「入れてー入れてー部屋に入れてー」
私はとにかくその女性が恐ろしかったが、窓が割られたらきっと大変だろうと思ったので、おとなしく窓を開けることにした。窓が割れたらきっと学生時代のことを思い出していしまうだろうという確信があって、そっちの方がナンボか恐ろしい気持ちがしたのだ。学生時代のことは思い出したくない。いい思い出がない。私も学生時代、窓を割ったりしたことがあるのだ。
「わー、室内だー」
見ず知らずの女性は室内に入るとそんなことを言ってのけた。なんだこれは?私は不意に思った。なんで映画を見ていただけの私の家にこんな『室内に驚く女性』が入ってきたのだろうか?例えばこれがどこぞの『ねこがたろぼっと』だったとしたら少しは納得もしたかもしれない。あるいは『とらぶる』とかだったら、まあ納得はしないまでもストンと入ってきたかも知れない。
でもそうじゃないだろ?これはそういうのじゃないだろう?何が起こったのか?全然わからない。少なくとも全然わからなかった。
「ととと、とりあえず座ってたら??」
私はとにかく飛んだり跳ねたりしている彼女のことを落ち着けさせるために、インスタントコーヒーを淹れて彼女の前に差し出した。自分の分もついでにおかわりを淹れた。もう私は五杯目になる。
「ありがとう、これ・・・排水?」
「・・・コーヒーだよ・・・」
室内に驚く女性がコーヒーを知らないことくらい考えたら直ぐに分かることなので、彼女のその発言に突っ込むことをやめておいた。私には学習能力というものが備わっている。
「・・・苦、熱」
「・・・あの、君は誰?」
私は恐る恐るそれを聞いて見ることにした。
「・・・それよりも何観てるの?」
その子は私の質問には答えず、更に質問をしてきた。
「・・・映画」
私は難しい説明を省いてそう答えた。「これは私が好きな映画でなんか不安な気持ちになるし、だから時偶思い出したように観るんだよ。姉は面白くないって言うんだけど、でもそんなの関係ないでしょう?私は好きなんだ。だから観ているんだ」って本当は言いたかったけど、でもそれは避けた。英断だと思う。熱意っていうのは他人によってはウザがられるものだから。
それから私とその正体不明の女性は「叫」の残りを一緒に鑑賞した。お互い一言の話すこともなく、ただ黙って鑑賞した。
画面の中から聞こえてくる劇中音以外、私たち二人のコーヒーをすする音だけが部屋の中で聞こえる。本当にそれのみだった。
やがて映画のエンドロールが流れ出した頃、
「ああ、楽しかった。じゃあ私そろそろ・・・」
そう言って正体不明の女性は立ち上がり自分のコーヒーのマグをシンクに置いて、
「ありがとう、私今年も頑張るから」
そう言った。
「・・・誰なんだ?」
私はまたそれを聞いてみた。
「絵、描いてくれたでしょ?」
「・・・絵、描いてくれたでしょ??」
私には意味が分からず、彼女の言葉をそのまま繰り返してしまった。正直馬鹿っぽかったと思う。『FXで有り金全部溶かす人の顔』みたくなっていたと思う。
・・・。
そこでふと思いついた。
「・・・絵ってpixivのこと?」
「ンフー」
彼女は鼻から息を吐いただけだった。でもそれだけでわかる。確信を持つことはできる。
「でも、あれは羽生河四ノじゃなくて炉久井紙塚だけど?」
「どっちも貴方なんでしょ?」
「・・・まあ・・・」
「とにかく頑張るから」
彼女はそう言ってベランダの窓を開けた。そもそもどうして彼女はベランダにいたのだろう?ここは四階だ。まあ不可能ではないにしても、でも・・・。
「私、回るからね」
「回る・・・?」
「それにあのキャ・・・」
・・・そこで私は飛び起きた。
「・・・夢?」
私はリビングにいた。画面を見る。『叫』がスタート画面で止まっている。どうやら映画の途中で眠ってしまっていたらしい。部屋の電気をリモコンでつけて、テーブルの上の自分のコーヒーの残りをすすった。冷めたいコーヒーが美味しかった。
しかし不思議と現実感のある夢だった。そんなことを思った。結局あの女性は誰だったのだろう?そう思い、ふとカーテンを確認したが夢の中ではシャーってやって開けたはずのカーテンは、やはり閉まったままだった。
「炉久井紙塚に関係しているらしかったな・・・」
pixivについても考えてみた。
でも何も思い出せない。
「考えていても仕方ない実際見てみようか」と私はそう思い、パソコンの部屋に向かうために立ち上がった。
そしたらそこでふと、シンクが目に入った。
マグカップが一つ、そこには置いてあった。
私はカーテンをシャーってやってベランダを確認した。
そこには誰もいなかった。
誰もいなかったが一台の室外機があった。
そこで私はふと思い出した。
いつだったか描いたな。室外機の絵。pixivで。確かに。うん・・・確かに・・・。
もちろん、だからと言ってそれがなんだと言うつもりは無い。そんなことはありえないし、馬鹿げている。悪魔でもあれは夢だ。それ以上でもなければそれ以下でもない。
しかし、その次の日私はその室外機を掃除した。買ってきた新品の雑巾で綺麗に拭いた。今年の夏もよろしくお願いします。そんなことを考えながら私は丁寧に拭いた。親のお墓参りの気持ちで拭いた。
そして拭いていると不意に、彼女が最後に何を言ったのかもわかった気がした。
「それにあのキャプション良かったよ。『キャプション芸』のタグ、付いたらいいね」
そうだったとしたら嬉しいなあ・・・。
んで、最後に蛇足が一個ある。
あれから私が「叫」のDVDを見ると、何となくあの時の事を思い出してしまって映画に集中できない。私の好きな映画なのでこれだけはすごく困っている。
冬はハロゲンヒーター派です。