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ボクとドラゴンのなつ

 夏に入ってボクはペットショップの、ある生き物に心底やられちゃったんだ。

 それは『ミニドラゴン』ってやつでさ、大きさはウサギくらいで、きれいなエメラルドグリーンのうろこをしていて、絵本の中のドラゴンみたいにちゃんと小さい角と羽が生えていて、なんかもう、めちゃくちゃカッコいいんだ。

 すんげー、欲しい!

 ただ、さ、こいつが目の玉飛び出るくらい高いんだよ。ボクのおこづかいじゃ100年かかったって買えやしないぜ。


 しゃーない、気が進まないけれど、うちの大蔵大臣と交渉してみるか。


「ねえ、母さん。次のお誕生日にミニドラゴン買ってよお、ねえ。イイコにするからさあ」

「ダメよ。あんた、どうせあきて世話しなくなるでしょ。だいたい、いくらすんの? え、そんなに高いの? だめよ、買わない。だめよ、だめだめ。何度おねだりしても同じよ、め!」

……ちっ、交渉決裂。


 しかーし! 捨てる神あれば拾う神ありってやつでさ。この話をたまたま家に来た吉野のおじさんにしてみたんだ。すると、

「ミニドラゴン? そんなん吉野の山にちょこちょこおりよるぞ」

「いんの!?」

「カブトムシと一緒や、夏になったらフツーに出てきよる。よっしゃ、今度おっちゃん、捕ってきたるわ」

 この日からボクは大コーフンさ。遠足の前の日みたいに寝れなくなっちまった。ドラゴンはいつ家に来るんだろう。今週かな、それとも来週かな、わくわくわく、ってね。


 ドラゴンがボクのところにやってきたのはプール開きが終わった七月二日、この頃になるとボクはもうドラゴンのことしか考えられなくなってた。 


 ……でもさ、おじさんが持ってきたヤツを見て、ガッカリしちゃったよ。

 おじさんのミニドラゴンは汚いヘドロ色でさ、それでまたこのドラゴンがぜんぜん元気がないんだよ。ずっと丸まっててちっとも動かないんだよね。指でツンツクツンツク、つっついてみるとイライラしたみたいに黄色の目をちょっと開けるんだけど、またすぐ目を閉じちまうだ。ほんと、なにコイツ、なめてんの?

 まあ、せっかくおじさんが捕ってきてくれたわけだし、ボクもそんなに子どもじゃないし、一応『わ~い♪』ってやったよ、でも一人になるとさ、ちょっとため息ついちゃったね。友だちに見せびらかしてやろうなんて考えていたけれど、こんなにしょぼくれたの見せたらみんなに笑われちゃうぜ。


 ボクはとりあえず、このしょぼくれドラゴンに『なつ』って名前をつけてやった。夏にボクの家にやってきたのと、月二ツー日をかけてみたんだけど、どう、ボクのセンス?


 こうしてボクとドラゴンの『なつ』との生活が始まったんだけど、まあ、こいつがすごいナマケものでさ、ヒマさえあればずっと部屋のすみっことかで寝てやがんの。エサのときだけ起きて、もそもそって感じで食べて、そんで食べ終わるともう目を閉じて寝てるんだ。こんなんでこいつ、どうやって厳しい自然界を生きてきたんだろうって思うよ。

 ドラゴンっていうと血の滴るステーキとか好きそうなイメージなんだけど、肉よりも虫の方がけっこう好きみたいで、土曜日の学校が早く帰れる日とか日曜日とかにセミとかカマキリを捕まえて、『なつ』の鼻先でちらつかせてやると、この時だけは張り切って虫を食べようとする。ボクはちょっとイジワルな気持ちになって『なつ』が虫を食べようと口を閉じるその瞬間に「お預け!」って感じでワザと虫を引っ込める。虫を食べ損なった『なつ』は「早く食べさせろ」とでも言いたげに足をジタバタ、口をパクパクさせるんだけど、そういう仕草はちょっとカワイかったりするんだよね。


 そうこうしているうちに夏休みがやってきた。毎日、セミ捕まえて『なつ』に食べさせようと思っていたんだけどさ、ここにきてちょっと大変なことになってきたんだ。

 『なつ』が全然エサを食べなくなったんだ。好物の虫も、だよ。

 テレビじゃ『記録的な冷夏』とか言ってて、ボクなんかもプールから出ると、もう、ガタガタブルブルって感じだったんだけど、どうもドラゴンにとってはガタガタブルブルどころじゃなかったみたいなんだ。

 ドラゴンなんていっても、トカゲの仲間でさ、やっぱり寒いと弱っちまうらしいんだよね。ペットショップにはドラゴン用のヒーターが売ってるんだけどこれもやっぱバカ高でさ、母さんにねだってみたけど全然話を聞いてくれないの。しかたないからボクはドラゴンに布団とか自分の服とかをかぶせてやった。これでちょっとは暖かいだろうってね。すると『何ちらかしてんねん』って母さんにめちゃくちゃ怒られちまった。もう、じゃあ、一体どうしろって言うんだよ!

 

 そうこうしているうちにドラゴンは全然、目を開けなくなった。

「あかん、死んどるわ」

 おじさんにこんなことを言われてもボクは泣かなかった、子供じゃないからね。まあ、ちょっとはショックだったけれど。肩を落とすボクにおじさんは、

「ちょっとこのドラゴンもらっていくわ」

 と言って死んだドラゴンを持って帰っていった。


 それから一週間、ボクはもうドラゴンのことなんてすっかり忘れてた。夏休みの宿題で手一杯だったからさ。算数のドリルでひいひい言ってる中、おじさんがまたボクの家に遊びにやってきた。

「どや!」

 と言うおじさん。なんと、おじさんは『なつ』を骨格標本にしてくれたんだよ! 言い忘れてたけどおじさん、大工をしていて手先が器用なんだよね。

 骨だけになったミニドラゴンは力強く上半身を持ち上げ、カッと口を開いてするどい牙を見せつけ、がらんどうの眼で宙を見上げ、今にも空に飛び立とうって感じに三本の爪みたいになった骨の羽を大きく広げていた。生きてるときよりも死んで骨になった方が勇ましく見えるってなんだか変だよね。

 ボクは部屋でこの骨だけになったドラゴンを見てうっとりしてるとね、急にこいつの白い骨に色を塗ってみたくなったんだよ。広告裏の白紙に絵を書きたくなってくるのと同じでさ。

 ボクはドラゴンの眼の周りを赤い絵の具でさっとぬってみた。すると飛行機のファイアパターンみたいにカッコよくなってさ、僕はそれからはもうドラゴンに色を塗ることで夢中になった。

 こうしてボクはドラゴンの骨全体を明るい緑色にして、目元は赤色、羽と尾っぽは金色にして、ぬり終わったときボクはゾクっとしたね。

 

 こいつを学校に持っていくと、もう友達も先生もべた褒めでさ。調子に乗って自由研究コンテストに出したら入賞までしちゃった。

 

 今、ボクの部屋には新しいミニドラゴンがいる。母さんが入賞のお祝いに買ってくれたんだ。首筋をなでてやるとドラゴンは気持ちよさそうに眼を細めて、ぽあっと火を出す。

 でもボクはこの生き生きしたドラゴンに前ほど夢中にならなかった。机の棚においてある、着色済みのドラゴンの骨格標本を見る。

 ボクの胸はね、今、創作意欲でメラメラ燃えていたんだ。早く新しいのが作りたかったボクはドラゴンをナデナデしながら『こいつ、早く死なないかな』って思ってた。 

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