第1話、動乱へ
未来技術の表現につまづいて完全な放置でしたが、近未来の火星を舞台にした別作品のプロットと融合した微妙な世界感で再出発します。
銀河系から遙か230億光年の彼方に、セイゲルと呼ばれる渦巻き状銀河が存在する。
セイゲル銀河は2000億を超える恒星を有し、直径約10万光年にわたるディスクを持つ銀河だ。
銀河の中心部からは、それぞれ数百億の恒星の集合体である6本の腕が渦巻き状に伸びている。
その中でも最大の規模を誇るのがエルシウス腕で、約500億にものぼる恒星が直径7万光年にわたって渦を巻く。
セイゲル銀河、エルシウス腕……いずれも名付けたのは エルシウス腕に住むトリアと称する種族だ。(以後種族してのトリアをトリア人と記す)
このトリア人の姿は奇しくも地球人に似ていた。もちろん完全に同じ種ではないし、種族としての強さに大きな違いもある。
地球の人類は恐竜の絶滅後にやって来た哺乳類の時代に、短い時間で驚異的な進化を遂げて誕生した。
その一方でトリア人はどうかというと、人類で言う原人まで10億年に及ぶ進化の歴史を遡ることが出来る。
長い進化の過程の中で幾多もの危機に直面して生き延びたトリア人は、地球人に比べて病気になりにくい強力な免疫機構や老化の抑制、そして200年に及ぶ寿命の体を得たのであった。
その利点のおかげか、トリア人は最初の文明を築いてからわずかな時間で宇宙文明に到達している。
宇宙にセイゲル銀河が形成されてから約100億年。この間にセイゲル銀河で誕生した生命、そして種は膨大な数にのぼる。だが、高度な宇宙文明を築くに至った種族はほんの一握りに過ぎない。
トリア人はその数少ない生存競争の勝利者でもある。
無論、トリア人が宇宙文明に到達した原動力は他にもたくさん存在する。特に民族や国家間の対立を乗り越えるために成立したトリア連邦は、その最たる物であろう。
唯一の国際統治機構であるトリア連邦は、トリア人がまだ惑星トリアの大地のみを生活圏にしていた時代に創設され、中央集権的な連邦政府の直轄地と多数の加盟国家で構成されている。
この組織形態の中でトリア連邦政府は主導権を握り、一丸となって宇宙への進出を果たすことに成功していた。
そして、トリア人はセイゲル銀河エルシウス腕の小さな一角で、勢力圏を徐々に広げていったのである。
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6個の惑星を有するミクロテシア星系は、トリア連邦のエルシウス腕先端側の辺境に位置する。
かつてはトリア連邦政府の直轄星系であったが、トリア連邦政府の関心がエルシウス腕の反対側の大問題に傾斜する中、50年ほど前に競売にかけられた。
あまり開発の進んでいないミクロテシア星系であったが、それでも周辺に位置する連邦加盟国の小国が幾つか競売に参加し、最終的にオスティア共和国とグレシア連盟という国の一騎討ちになる。
ところが、そこで競売は打ち切られてしまった。
当時のトリア連邦政府は、ミクロテシア星系の領有権を分割して、両国に売却したのである。
この結果グレシア連盟はミクロテシア星系第1、第2、第5惑星、そして唯一の大規模植民可能(トリア型)惑星である第3惑星ヴェスティアの南半球を得た。
一方のオスティア共和国は、ミクロテシア星系第4、第6惑星、北ヴェスティアだ。
それから50年。北ヴェスティアは、オスティア共和国の植民地として順調に発展した。幾つもの植民都市が建設され、人口も15億人を超える。
中でも北ヴェスティアの中心都市フォーレンベルクは、オスティア共和国の本国の主要都市にも劣らない大都会だ。
トリア連邦歴4183年5月、そのフォーレンベルク市は、新緑の美しい初夏を迎えていた。
穏やかな暑さの日が多い時期なのだが、今夜は季節外れの肌寒い風が吹いている。
その風を一際強く感じる場所に、オスティア共和国のミクロテシア星系大総督公邸は建つ。
フォーレンベルク市街地の東方にある3階建て白亜の公邸は、3メートルの壁に囲まれた小高い丘にそびえ立ち、屋内にはプールやテニスコートもある豪邸だ。
しかもただ豪華なだけではない。警備面も一流だ。 屋上には家主の使う公用ヘリと護衛の戦闘ヘリが待機し、敷地には多数の内務省公安警察に所属する警備官が配置され、日夜、家主の安全を守っている。
特に丘の西側にある正門は、濃い緑の制服を着る警護官と装甲車が固め、さながら検問所のようだ。
そこに、ライトを点けた1台の黒塗りの車がゆっくりと進んでくる。
正門を固める警護官の一人が、停車を促し、警戒しながら車の運転手にたずねた。
「お名前とご用件をお伺いしたい」
「共和国保安隊クリューゲ中将閣下がご乗車だ。大総督シェラーからの招集である」
警護官達は後部座席に座る男を確認すると、一斉に敬礼した。
「クリューゲ中将閣下、大総督がお待ちです。お通り下さい」
アルベルト・クリューゲ中将は軽く頷く。そして運転手は車を発進させ、林の間を抜けるような道を使って丘をのぼりはじめた。
すぐに大総督邸の大きな玄関の前にあるエントランスにたどり着き、クリューゲ中将は屋敷の執事の案内で、2階にあるバルコニーへ向かう。
「大総督、デモは北ヴェスティア全土に広がり、各地の警察は治安維持能力を失いつつあります。また、フォーレンベル市総督府は包囲され、大総督府前の封鎖線は人員不足です」
紺色の制服を着た壮年の男が、白いスーツ姿の初老の男……シェラー大総督を前にして、深刻そうな表情で報告をしていた。
このバルコニーには他に二人の男がいて、大総督から少し離れた位置に立っている。
一人はオスティア共和国国防軍の黒い軍服を着て、左胸に勲章を多数ぶら下げる痩せた初老の男。もう一人は淡い青のスーツに青と白のストライプのネクタイをする壮年の男だ。
クリューゲ中将はさりげなくスーツ姿の男に近づいた。
「ラウス副総督、ご無事で何よりです」
「おー、クリューゲ中将。暴徒に車を奪われましたが、幸い私と家族は無事でした」
「それはそれは。今日聞いた最大の朗報ですね」
「ありがとうございます」
ラウスはひきつった笑顔で礼を言った。家族全員が無事だったとはいえ、死の恐怖を味わったのだ。神経質そうな狐顔がいつも以上に強張っても仕方ない。
「ところでラウス副総督、市民への説得工作はどうなっていますか」
ラウスはフォーレンベルク市の副総督だ。総督はミクロテシア星系大総督の兼務職である為、実質的な長でもある。
「かんばしくありません。本国政府は市民を騙したことになっていますから」
「やむを得ませんな」
オスティア共和国は民主制を採用しているが、社会共和党という政党が100年以上続く長期政権を維持している。
有権者の心を巧みに掴む政策を推し進めた選挙戦術は大したものだが、その影でオスティア共和国の財政は大きく傾き、50年以上前から火の車になっていた。
5年前、突如オスティア共和国は、財政再建の為と銘打ち、北ヴェスティアのみで大増税を実施した。以来、北ヴェスティアの植民地の人々は、本国を遥かに上回る多額の税金を毎年払っている。
北ヴェスティアに住む人々のほとんどは、オスティア共和国の本国……オスティア星系からの移民であり、このような不当な差別に当然の不満を抱いた。
それでも今まで表立った反発が起きなかったのは、5年前以前の税率が非常に低かったこと。そして、北ヴェスティアの植民地の人々が、オスティア共和国の財政危機を理解していたからに過ぎない。
何度も言うがオスティア共和国の累積債務は巨額にのぼる。北ヴェスティアの住民を苦しめる増税で得た税収でさえ、実際のところ焼け石に水に過ぎないほどだ。
もちろん、ないよりは増しで、信用不安を一時的に先延ばしすはずだった。
それなのに最近になって、オスティア共和国政府の背信が判明したのである。政府は北ヴェスティアで集めた税金を、財政危機ではなく軍備増強に全てをつぎ込んでいた。
そして、きちんとした理由が説明されないままに、今年も北ヴェスティアの課税の維持を本国の議会で議決し、今に至っている。
バルコニーに紺色の制服を着た別の男が息を切らして飛び込んできた。
「大総督、レムラー総監申し訳ありません」
「本部長、何を慌てている」
先ほどから話こんでいた大総督と北ヴェスティア公安警察総監のレムラーは、フォーレンベルク市警察の本部長リュターに汗を垂らしている理由を聞いた。
本部長はバルコニーの何もない場所に市街地の映像を出した。 そこは、片側3車線づつの大通りで、数台の赤ランプを点けた警察車両が停車している。
そして、画面の端に別の警察車両が数台移動してきていた。
「大総督府に続く道路の封鎖線をデモ隊に突破されました。またこちらの公邸に続く道の封鎖線も危なくなっています」
悲痛な声で市警察の本部長が報告する。
すると突然、本部長の背後で叫び声が上がった。振り返ろうとした本部長に、フォーレンベルク市副総督ラウスが、激しい剣幕で怒鳴りながら後ろから掴みかかった。
「貴様の職務怠慢のせいで、フォーレンベルク市は滅茶苦茶だ。私が襲われたのも全て貴様のせいだ。分かったか。分かったならさっさと街から暴徒を追っ払うんだ」
クリューゲ中将とレムラー総監が慌てて、副総督の腕を掴んで引き離す。
「ラウス副総督。今は責任を追求している時ではありません」
「レムラー総監の言うとおりです。それにフォーレンベルク市の警察官の大半が、北ヴェスティアの住人であることをお忘れですか。
反増税デモを少しでも宥め、暴徒を取り締まっているだけでも、市警察を私は評価します」
オスティア共和国では泣く子も黙るという治安機関の二人だ。彼らが市警察の本部長をかばったことで、副総督ラウスはやや冷静を取り戻したようだ。
「わかった。その、済まない」
副総督が呆然としながら謝罪すると、本部長は「お気になさらずに」と言いながら頷いた。
再び大きな叫び声が聞こえた。今度は市警察の本部長がつけた映像から響いてくる。
「増税反対」
映像を通してさえ、魂を揺さぶるようなその言葉が何度も聞こえ、徐々に下がる少数の警官隊と、怒れる民衆の大群が映り始める。
クリューゲ中将はバルコニーから市街地を思わず見た。これまでほとんど人通りのなかった地区に、電灯型松明を持った群集が押し寄せている。
「クリューゲ中将よく来てくれた」
「大総督の召喚とあればすぐに駆けつけます」
大総督シェラーは、片手をあげて、クリューゲ中将が世辞を述べようとする機先を制した。
「市街地はまずいことになっている」
「はい」
「そこで、早速だが共和国保安隊の状況を聞きたい」
「大総督もご承知と思いますが、北ヴェスティアには約2万の共和国保安隊がいました。ですが既に9千人が原隊を離れ各派閥の指示で動いています」
クリューゲ中将は肩をすくめた。共和国保安隊は表向き軍と同等の装備を持った治安維持部隊と規定されているが、内務省の公安警察、国防省の共和国国防軍に比べ、その役目は曖昧だ。
一応、指揮権はオスティア共和国政府と衆議院と呼ばれる議会とされている。
しかしながら、その内実は政権与党社会共和党の党軍であり、大半が社会共和党を構成する各派閥の私兵だった。
その為、北ヴェスティアの暴動が始まると、派閥の重鎮の一族や資産を守るために、クリューゲ中将指揮下の共和国保安隊北ヴェスティア派遣団から勝手に消えた。
とはいえ、このバルコニーにいる人々の中で、共和国保安隊のクリューゲ中将は、もっとも恵まれた立場にいる。
クリューゲはオスティア共和国外務長官の甥にあたり、社会共和党の党軍に蔓延する縁故評価により昇進してきた。つまるところ強力な後ろ楯が存在する。
しかも、共和国保安隊に明確な職務がない為、この動乱で負うべき責任もないのだ。
「私の派閥の者もかね」
大総督は離脱者と聞いて不愉快そうに尋ねた。
「はい、閣下の派閥からは、約3千人ほどが消えました」
「分かった。2時間以内に半分は戻すと約束しよう」
「ありがとうございます。残っている部隊ですが、4千人は各地の植民都市に散っています。フォーレンベルクには最大で約7千人。現在は約6千人が出撃準備を整え待機中です」
「ご苦労、クリューゲ中将。ところで現在の危機に政治的な派閥は関係ないと思うがどうかね」
「同感です」
「では、レムラー総監に共和国保安隊を貸し与えたいと言ったら、承知してくれるか」
「もちろんです。司令部にすぐに命令を出しましょう。ですがひとつお願いがあります」
「何かね」
「この地に来てから私は、フォーレンベルク市の有力者達と交友関係を持っています。副総督が主導しておられる現地市民との交渉に参加させては頂けないでしょうか」
これまで任務のなかったクリューゲ中将は、有力者の本人や子弟達と遊んで過ごしていた。その為、彼の交友関係は本国出身の中で格段に広い。
「……いいだろう。 レムラー総監。援軍だ。共和国保安隊を使い、ミクロテシア星系大総督府と大総督公邸を保持せよ。そして可能ならば……、封鎖されたフォーレンベルク市総督府周辺も奪回して欲しい」
「承知しました。聞いたな本部長、君に指揮を任す」
レムラー総監は重要な指揮をフォーレンベルク市警察の本部長に任せた。
「わかりました」
本部長はレムラー公安警察総監に頷くと大総督に一礼し、そして副総督ラウスと一瞬目を合わせ、急ぎ足でバルコニーを去っていった。




