座敷の奥
自分との対面を終え、礼を取り、粛々(しゅくしゅく)と去って行った孫たちの姿を見送ると、真砂は一転して鋭い視線を奥へ向けた。
「そこにおるのはわかっておる。出や」
吹雪でも呼びそうな氷のまなざしは、絶対の確信からきていた。
一族の当主が客を迎えるこの座敷には、当主のみしか知らない控えの間があった。
来客に襲われるという非常事態に備えた、部下を潜ませるための場所だ。
しかし真砂は、この場所の使用を誰にも命じたりはしなかった。
むしろ誰も使わないよう、厳命を下していたほどだ。
今ではもう、絶対といえる当主の命令を破る者など一族にいはしない。
ただ一人、身内であるこの男を除いては。
よって真砂は柳眉を逆立て、さらに出てくるよう促した。
「いつまでそこに居続ける気じゃ。そちがその気なら、一生出られぬようにしてやっても良いのじゃぞ」
人の話を盗み聞きするようになるとは……。
真砂はそう嘆くと、愛用の扇を取り出し、奥へ向かって放り捨てた。
「取りや--義之。いかに落ちようと、そのくらいは出来よう」
すると奥の壁の一部が音もなく開き、初老の男が現れた。
真砂の視線は険しいままだが、臆することなく、むしろ正面から真砂を見据え、男は平然と言いのけた。
「……私は犬ですか。確かに立ち聞きをしたのは褒められた行為と言いかねましょう。しかし、たった一人の身内に対してその言い草もないのでは?」
姉上。
そう続けると男は扇を拾い、うやうやしく真砂へ向かって掲げて見せ……余計に真砂の苛立ちを高めたのだった。