花の名前、鳥の啼き声、月の満ち欠け、やまとうた
花の名前、鳥の啼き声、虫の音。月の満ち欠け、やまとうた。
和装の知識、茶の作法。草木の活け方、香りの聞き方。
広い敷地と庭に守られ、使用人たちから学んでいった。
どこの令嬢の花嫁修行だよ!? なんてつっこみすら浮かばないままに。
お陰様で伝統文化に関することなら、どこの国の誰が相手でも、まずガイドとしてやっていけるだろう。
……まあ、教わったオレはもちろんのこと、教えた側にもそんなつもりは毛頭ないが。
同時に教われば教わるほど、疑問と興味が湧いていった。
成績として数値にあらわれ、誰からも評価されやすい学校の勉強や運動よりも熱意を感じられるのは何故か。
伝統文化の継承は大切だ。無駄なこととは言いがたい。けれど今、こうまで仕込まれる必要が本当にあるのか。
あるとするなら、それはいつ、誰のためなのか--。
いつしかオレは、本心から祖母との対面を待つようになっていった。
何故長男である父親を切り捨て、自殺するまで放っておいたのか。あるいは知っていたにもかかわらず、見過ごしたというのか。
……本当は世間で噂されているように、無情で冷徹な人間なのか。
あるいは何よりも会社の存続を優先するほど、権力にとらわれているのか。
それとも凡人の苦悩をわかろうともしない豪傑か、豪傑気取りの人間なのか。
祖母という人間を、人づてでなく、自分自身で直接会って確かめてみたい。
しだいにオレはそう思うようになっていた。