父親が死んだ後のオレは、引きこもりと化していた
父親が死んだ後のオレは、文字通り引きこもりと化していた。
それは父親を亡くしたこともあるにはあったが、ほとんどの理由は周りの環境にあった。
前にも言ったが、周囲の状況は最悪といえた。
なのに何故自分からのこのこと出歩いて、祖父母の無関心に傷ついたり、親戚連中にいらんことをされたり言われたりする余地を与えにゃならんのだ。
……ついでに言えば、一日じゅう生と死の境をさ迷うかのようにぼんやりし続けている母親も……正気を取り返して欲しいと切実に願う反面、存在を重く感じられる時もあった。
だからこそ母方の実家から与えられた部屋は、少なくともオレにとっては最良の場所といえた。
第一に屋敷の隅という不便さだ。これには使用人ですら近寄りたがらない。用が無ければ、どころかこちらから出向いて呼びつけようとも、担当でなければまず来たがらない。
第二にこの部屋の日当たりが悪いこと!
実はこの部屋には昔首を吊った女中の幽霊が出るのだ、などと明かされたとしても、オレは全く驚かないだろう。
むしろ知るのが遅すぎたくらいだと言い放ってやる。
よってこの部屋にわざわざ近づく人間は誰もいはしなかった。
だからこの部屋に居さえすれば、誰にも不快な思いをさせられることはなかった。誰からも。
そうする内に安全なこの部屋の、さらに隅へ寄ることがオレの身を守るすべとなった。
たとえ現実から逃げているだけとわかっていても、その安全な場所で丸まって眠ること以上にオレが欲することなどなかった。
多分そうやってオレはオレの見る現実と自分の精神とをはかりにかけて、少しずつ均衡を保とうとしていたのだと思う。
けれどそんな日々も終わりを告げた。
かりそめの平穏は終わりを告げ、母親も亡くなった。
全て終わったのだ。大事なものは、何もない。
あと空っぽになったオレが出来ることといったら、父親の時のように学校の制服に着替え、迎えの大人を待ち、その後は首振り人形のように言われれるがまま、仕向けられるままに「憐れな子供」を演じるだけ。
簡単なことだ。
学校のテストで一番を取るよりも、運動で一位になるよりも、何てたやすいことだろう。
けれどそれは、オレの中の何かを猛烈にすり減らす----とても、疲れることで。
いつのまにかくたびれていたオレは、やらなければいけないと視線こそ制服を入れている引き出しへ向けたものの、頭は全く追いつかず、初めて生き人形と化していた母親の心情を理解しながら時間だけを重ねていった。