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あの日のことを、オレは一生忘れない

 幼い頃、オレはいわゆる「銀のスプーンをくわえて生まれてきた」存在なのだと、周囲から言いきかされていた。


 資産家の家に生まれたオレは、何不自由なく育てられた。

 両親からはありあまるほどの愛情を注がれ、唯一の義務ともいえる英才教育にもついていった。

 名門私立学園にも入学し、勉強も運動も常にトップ。

 祖父から継いだ家柄も悪くなく、顔も両親のいいところを取っていたからクラスでの人気もまずまずと、何をするにももてはやされていた。

 そのまま育てば鼻持ちならない厭なガキになっただろう。

 いや、本当に。

 だがそんな日々が続くことはなかった。

 父親が失脚したのだ。幸い……というか何というか、元々一族経営の会社だったため、追い落とされた父親はクビにはされなかったものの、左遷はばっちりさせられた。

 というか一族経営だからこそ失脚させられたわけだから、左遷はむしろクビにさせられるより残酷な仕打ちといえよう。

 少なくとも父親にとってはそうだった。

 甘く優しい父親が、日に日にけわしさを増していく。

 張り詰めた空気に怯える母親へ、五歳だった当時のオレはただそんな毎日が早く終わればいいと願い--それはあっけなく叶えられた。


 ある日、ふいに訪れた晴れ間のように父親の機嫌がいい日があった。

 失脚前を思い出させるその姿に、母親もオレもどれだけ安堵あんどしただろう。

 あの初夏の日のことを、オレは一生忘れない。

 ひさしぶりにオレを抱き上げ、

「……重くなったな」

と破顔した父親を。

 そんな父親の様子に動揺しつつも、オレと同じように顔をほころばせていた母親の姿も。

 ……いつまで経っても風呂場から上がってこない父親を、何もためらいうことなく、リビングで待ち続けていたあの時間を。

 時計の針が刻む音も、何気なく揺らしていた足の拍子も、昨日のことのように思い出せる。

 あまりの長さに様子を見に言った母親が上げた、絞めあげられたような悲嘆ひたんの声も。

 様子を確かめに行き目撃した、血の海と化した浴室のことも。


 何不自由のない「お坊ちゃん」ではいられなくなったあの日のことを、オレは、いまだに忘れられずにいる--。

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