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忘れられない記憶があった
忘れられない記憶があった。
春の桜吹雪、夏の蝉しぐれ、秋の紅葉、冬の雪景色。
そういった年月を経て染み込んでくる、あたたかみのある懐かしさとは違う、まるで焼きごてで無理やり押された烙印であるかのように、ほの暗く、時にじわりと膿みだしそうな代物が、胸の内で嵐となってかき乱してくる時が必ずあった。
忘れるな。忘れるな。
まるで強迫観念のように、執拗な「何か」がずっと訴える。
思い出せ、思い出すんだと。
何を思い出せばいいのか、本当に思い出すべき記憶があるのか。
それすらもはっきりしないまま、焦燥だけをつのらせて、当時の自分は日々を過ごしていた。