「わかった。叶えよう。全てをかけて」
掛け軸は常に床の間へ掛けられていた。
しかし今回孫息子(予定)が指した時には滝を題材に選んだものに掛け代えられていた。
自分が打たれに行くはずだった滝の絵に。
確かに真砂も次期当主ということで掛け軸も一族から何点か受け継ぎ、所蔵していた。
また自分の所蔵品だけでなく、一族として所有する掛け軸も掛けられることはあるのだが、その雄大な印象から滝の絵が掛けられるのは主に男性の部屋。あるいは客室に限られ、女性である真砂の部屋へ掛けられたことは一度として無かった。
一度も。
けれどこの掛け軸は自分のため。季節に合わせたわけでも部屋を整えるためにでもなく、自分のために、自分のためだけに掛けられていて……。
気が付いた時には部屋の隅へ戻っていた。
急須を手に取り茶たくに乗せた来客用の湯飲み茶碗へお茶を注いでいる。
無意識とは凄いものじゃのう、と関心しながら手を止めてお盆を取り、孫息子(予定)の元へお茶を置きに行って去り掛けたところで手首を掴まれ断言された。
「祖母ちゃん、機が熟した」
「約束だ」
その震えるかのような真摯な声に
「……叶えてくれ」
と懇願されると同時に懇願した記憶が互いの脳裏によみがえった。
「祖父ちゃんとは付き合わないでくれ」
「今の祖父ちゃんの恋人と祖父ちゃんの仲を取り持ってくれ」
「そしてオレを、……オレの親父を、未来に生まれさせないでくれ」
「頼むよ--」
「祖母ちゃん」
その記憶と重なる全てを込めた孫息子(予定)の台詞に、真砂は相手の目を見据え、当時と同じ答えを返した。
「わかった。叶えよう。一族の総領、次期当主である己の全てをかけて」
是、と。