表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/60

「……このような事態は久しぶりじゃ」

 固定観念というのは厄介なもので、一度こびりつくと落とすことは難しいらしい。

 それは常日頃巫女に接し、不可思議なことに慣れた一族の者においても例外ではなかった。

 以前滝へ打たれるべく池に沈んだ際に、うっかり淵に履物を揃えておいたことがあった。

 池の淵に履物である。真砂の姿も見えなかったこともあって、屋敷内では上へ下への大騒ぎとなり、発見した者はもちろんのこと、真砂自身もとんでもない目に遭った。

 懲りた真砂はそれ以降、決して脱ぎっぱなし……にはしていなかったのだが、とにかく履物を置いておくことは止め、術で出し入れをしていた。

 よって今回も放っておけばこのまま立ち話を続けるであろう孫息子(予定)を目線で制し、自分の屋敷へ付いてくるよう促すと手早く足の裏に着いた砂を払い、術で呼び出した草履を履いて自室へと戻り始めた。

 月が照らす中、響くのは足音のみ。

 明るさに問題はないのだが、懐中電灯どころか灯篭どころか提灯すら灯していない自然に包まれる静寂に現代っ子は耐えられないらしいとみえ、孫息子(予定)が口を開いた。

「なあ、その……池で何してたんだ?」

「うむ。滝に打たれようかと思うてのう……」

 池へ入り、水を媒介にしてどこかの滝に空間を繋げ、その先の滝で打たれてこようとしたのだが。

「どうにも雑念が多かったようじゃ」

 憂いを含んだ真砂へ孫息子(予定)は声を掛ける。

「繋がらなかったのか」

「滝の方からはじかれたようにも思う。……かような事態は久方ひさかたぶりじゃ」

 ぽつりとこぼした真砂はたどり着いた縁側へ腰掛け、沓脱石くつぬぎいしの上で草履を脱いだ。

 縁側を上がり障子を抜ける。その先が真砂の部屋だった。

 床の間に飾り棚までしつらえた典型的な和室には文机といった基本的な調度品を除くと物が少ないのを通り越してまったく無い。

 持ち主を知らない人間には何だこりゃ、隠居の部屋かとあきれられてしまいそうだ。

 --もっとも、そういう人間には未だに出会ったことなないのだけれど。

 ともあれすでに何度か訪れている孫(予定)にとっては目新しい物など何もないため、真砂が隅でお茶を淹れている間、適当にくつろいでいるかと思いきや。

「--あれ」

「何じゃ」

 突然上がった声に真砂は手を止め振り向いた。

「いや、掛け軸。床の間の」

「床の間かえ? ……何ぞそなたの目を引くような物があったかのう」

 首を傾げる真砂に対し、孫息子(予定)が指でさした。

「掛かってるじゃねーか」


 その瞬間、真砂の中を知らない感情が溢れて満たした。

 あたたかいような、くすぐったいような、……申し訳がないような。

 そんな感情を真砂は今まで知らなかった。

 本当に、知らなくて……。


 後はもう全て覚えていなかった。

 問われるままに何かを話したような気もするし、話さなかったのかもしれない。

 覚えているのは、床の間の掛け軸のこと。

 孫息子(予定)が指した滝が描かれた掛け軸のことばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ