「今少し待ちや」
週末に入ると学校へ一族からの送迎車が寄せられる。
正門前に着けられると面倒なためさすがに裏門へと頼んでいるが、「自由」を許された学生から祖父の権力による庇護を受ける代償ともいえる「束縛」を受ける巫女へと変わる、恒例ながらも少し気の重い、真砂にとっては普段と変わらない光景だった。
しかし門内から真砂の屋敷の玄関へと着けられる中で磨き抜かれた車窓が写すように、真砂の目をみはらせる人間が出迎える使用人の中に混じっていた。
「お帰りなさいませ、姫様」
「……うむ」
平淡な声が重なる中、聞き覚えのある声が耳に飛び込む。
その硬質な響きにややたじろぎながらも、この人間以外には平静に見えるよう外面を保ち続け、真砂は屋敷の中へ入った。
廊下を抜け、座敷の前を通り、自室へ入れば間を置くこともなくお茶を持った自分付きの使用人……と代わったあの男が真面目な顔をしてやって来るのだろう。
何かしらの苦言を呈しに。
それは先日自分付きの使用人を自分で決めたことなのか、あるいは自分の側近とは名ばかりの腹の内が知れないあの男と接触を持ち要求をきき入れたことにあるのか。
心当たりをぽつぽつ挙げるが、いずれにせよ後ろめたさはぬぐいきれない。
大きくため息を吐き、顔をしかめた真砂は時間を稼ぐべく、先に制服を着替えることにした。
この屋敷では普段着を和服と定められているため、着替えの用意を済ませるとまずブレザーのスカートを脱ぎ、ハンガーにかけ、リボンをはずし、ブラウスのボタンに手をかけたところで予想通りの人間が例のごとく声を掛けてきた。
「姫様。お茶をお持ちいたしました」
まさに計算通りである。
ゆっくりと脱ぎ進めていて良かった、と姫様と呼ばれる割には姑息な手段を弄した真砂が内心しめしめと思いながら、
「今少し待ちや」
とわざとらしく返事をすると、ふすま越しとはいえ察したのだろう、失礼いたしましたという謝罪の声を後に気配が少しずつ遠のいていった。
これで少し猶予ができたわけだ。
作戦成功とばかりににやりとほくそ笑むと真砂は止めていた手を進め、ブラウスと下着を脱ぎ、お気に入りの襦袢へ袖を通した。