「……馬鹿め。いかに難があろうとも、そなたを切ることなどありえぬわ」
その少女へ奇異の目を向ける者は多かった。
一族の血を引き一族の有する土地に建てられた少女の屋敷に仕えながらも、彼らにとって少女の存在は異質だった。
何より平日は親元で暮らし、週末と祝日のみ屋敷に滞在する少女が平日にもかかわらずなぜ一族の仕事もないのに屋敷に居続けるのか。
しいて理由を挙げるなら、先日長く空いていた少女の元に付く人間が実質的に決まったことにあるのだろうが……。
「……というのがこの家を含めた大体の意見ですがね。どうです」
結構いい線を突いているでしょう?
と笑いながら話しかけてきたのは一族が真砂に付けている側近だった。
--正確には次期当主への側近であり、真砂本人の側近とはお世辞にもいえなかったのだが。
「ではそなたも侍女のようにそなたを追い出さんがため、あの者を側へ置いたとでも?」
真砂は真砂でわざと側近の男に似せたうすら笑いを浮かべて挑発的に言葉を返すと、
「……馬鹿め。いかに難があろうとも、そなたを切ることなどありえぬわ」
ばっさりと切り捨てた。
一族の当主となる真砂にとっていずれ障害になる者を挙げるとすれば、この男以外なかった。
霊力こそ無いものの、血筋は濃く実務能力において右に出る者がない。
だからこそ真砂も側近として側に置くことに承諾し、男の手腕を利用しつつも監視を続けた。同時に男の方も、真砂の血筋と霊力を利用し自身の評判を上げながら、既に男の駒である侍女を通して気を抜くことなく真砂を見張り続けていた。
「表の企業経営においても一族内の方針においても、全てお祖母さまの時代のままじゃ。いかにお祖父さまが有能である上に巫女たちが支え続けようと、このままではいずれ全てに取り残され、消えてしまう」
眉間の皺を深くしながら真砂は自分の側近を見据えた。
「世代を代える時が来たのじゃ。巫女だけでなく、巫女を補佐する一族も、表へ出る企業の者も」
「それが私だと?」
そうひそやかに囁きかける男へ、
「--たわけが」
と真砂は冷ややかな視線を投げつけた。
「己の他に誰もいやらぬと思うていように、ようも言いやったな」
二人の他に誰か居るなら取り成さずにはいられない酷評ぶりである。
しかしこの場には二人しかいない。
「それはそれ、これはこれですよ」
よって側近の方も地を現し、態度を本来の姿に戻した。
男の眼が三日月のように細まっていく。
「これまで粛々と周囲の言うことを聞いていたあなたがとうとう自分の意思を表したんだ。あなたが考えるほど小さな話で終わるわけがない」
今はまだ小さなものですがね、と前置くと、真砂への要求を残し、男は去って行った。
その日は遅くまで扇を手に考え込む真砂の姿が見られていた。
しかしその表情が何を意味していたのか、彫像のようにたたずみながら何を考えていたのか。
真砂の真意を明かされた者は一人としていなかった。
(文字数の都合により作者の携帯端末では編集ができなくなるため、前後にわけさせていただいたのを元へ戻させていただきました。申し訳ありません)