「……頼む」
晴れた日の中庭の芝生はお弁当組にとって最高の場所といえた。
日差しが差し込むため体感温度はあたたかく、校舎の間を縫って吹き抜けてくる風も爽やかで、あえて難点を上げるとその立地条件の良さからどうしても人目を引いてしまうことぐらいか。
けれどこの四人組……正確には彼女を除くしづかとときこと真砂の三人だが……はまさにその三人が常に人目を引いていることから、どこにいても同じだろうということでお昼は常に中庭で食べていた。
にもかかわらず今日はどうしても四人だけで話したいことがあったため、いつもとは逆にめったに人が来ない旧校舎の裏庭で食べていた。
「……さて」
「さて?」
重々しく箸を箸箱へ収め弁当箱の蓋を閉めるしづかを受け流しながら真砂も弁当包みの端を結んだ。
「話してもらおうじゃないのよ」
言うなりしづかは真砂へと詰め寄った。
裏庭は中庭と違って日が差し込まないため、こうして近付かれると影が入り妙な迫力が出る。
それを計算したのかしていないのか、強張らせた声でしづかは続けた。
「いい、真砂。誰にだって事情はある。それはわかってる。私たちは手足をばたつかせて駄々をこねて無理やりねじ曲げさせても許される年齢をとうに過ぎた」
そう言うとしづかは様子を見守っていたときこと彼女へ視線を向けた。
「彼女は家の手伝い、ときこは家業を継ぐため、二人とも放課後飛び回ってる。特にときこの方は家業に限らず勉強だったり習い事だったり人脈作りのオツキアイだったり、色々」
真砂だってときこの手帳がパンパンに膨れているのは知ってるでしょ?
収納の限界に日々挑戦し続けている哀れなときこの手帳を思い出し、真砂はこくりと頷いた。
自分も巫女という職業柄、結構な数の人間……とみに政財界の人間の秘書が上司の予定の詰まった手帳を取り出す瞬間に居合わせはするが、ときこほど膨れ上がった手帳を目にすることはそうそうなかった。
「あんた昔、ときこに何て言った?」
「……時間は確かに過ぎ去るもの。かといって決してそなたから逃げ去るわけではない」
それはまだ彼女と出会う前、中学の頃に加減を知らなかったときこが勉強と習い事と家の手伝いとをがむしゃらにやり過ぎてふらふらになっていたのを見かねたしづかと真砂がいさめた時の台詞だった。
「同じことが今言えるんじゃないの?」
あんたに。
そう告げるしづかの唇は昔同様、への字に曲がっていた。
「……今のあんた見てると、あの時のときこを思い出す」
顔色が悪い、気を抜くとすぐにへたり込みそう、食事は採るのが精一杯。
つらつらと挙げながら容赦なく真砂の様子を見据える。
「あの時は、昼間に出てきた幽霊みたいって言われましたわねえ」
そんな二人に頬に手を当てたときこが苦笑した。釣られたしづかは笑いながらも向ける視線は鋭い。
「で、私にはそんなあの時のときこより今のあんたの方が余計ヤバい気がする」
「……やばい、かえ?」
「ああ」
おうむ返しの真砂に対し、しづかはじっと真砂を見つめていた。
何一つ見逃しはしない。
そう語りそうなしづかの瞳は--本人が気付くことはないのだろうけれども--真砂でさえ見ることの出来ないものを見抜いていたのだろう。
「何つうか、うまく言えない。でも、あんたがここ最近打ち込んでいることって……」
あんたの寿命を削っている気がする。
迷いながらも断言したしづかに後ろの二人の表情が変わった。
命に関わるとまでは気づかなかったのだろう、互いに相手と視線を合わせるとそれを悟り、ときこは俯いて唇を噛み締め、彼女は能面のように表情を無くした。
そんな二人を案じながらもしづかがこの言葉を吐き出すのに背後の二人の視線を必要としたように、同じ理由から真砂はこの二人にこそ知られたくはなく、
「……真砂さん」
顔を上げたときこの張り詰めた声に真砂は大きく息を吐いた。
「今あなたがなさっていることはお家のことではないのですね」
ときこの目が真砂を見据える。
しばらく考えた末、
「今はのう」
と真砂はこくりと頷いた。
その言葉にときこの頬に朱がのぼり、
「それは、近々お家のことになるということですの!?」
「その通りじゃ。じゃが」
一旦言葉を区切った真砂はときこの目を見つめて断言した。
「そなたにはどうすることもできぬ」
真砂はそう言うと、震わせていたときこの拳を包み込む。
「私に!?」
自分にはどうすることもできないその無念さを既に知っていたときこは激高しかけ……
「……ときちゃんの力でも、どうにもならないのね」
静かな彼女の声に我を取り戻した。
「しづちゃんでも止めることができなくて、ときちゃんが自分の力と……ときちゃんの家の力を最終的に使ったとしも絶対曲げられない。……ううん、曲げたくないくらい」
本気なのね、と彼女にそう言い切られたため、
「その通りじゃ」
と頷いた真砂は指をつき、頭を下げた。
「……頼む」
見逃してほしいのじゃ。
そう頼み込んだ真砂に、三人の内の誰かが……あるいは全員だったのか、真砂に触れ、もういいと言うまで動かず、下げられ続けたままだった。
(文字数の都合により作者の携帯端末では編集ができなくなるため、前後にわけさせていただいたのを元へ戻させていただきました。申し訳ありません)