「……そうじゃな、お祖父さまのところへ泊まったのであった」
障子を通して差し込む光にまばたきを繰り返し、真砂はゆっくりと辺りを見回した。
視界に入る天井、布団と枕の感触、使用人たちが立てる支度の音、庭から伝わる緑のにおい。
五感の全てが告げてくる現在地に少し眉を寄せ、真砂は大きく息を吐いた。
「……そうじゃな、お祖父さまのところへ泊まったのであった」
そして真砂は身支度を整えるべく起き上がり、夜着の浴衣の帯をほどいた。
さて、前にも触れたが真砂は一族の次期当主である。
となると当然一族の者が本来なら侍仕えとして最低でも二、三人は付き従い、何くれとなく世話を焼かれているところだが。
真砂付きの侍女は事情があって側にはおらず、他の使用人を呼ぼうとも式神などを呼び出そうとも思いもしない真砂は今日もちゃっちゃと身支度を自分で整えるのだった。
中学まで通っていたのはいわゆる名門私立校だったため、これを明かすと友人以外には奇異の目で見られたものだ。
しかし現在通う高校は市立校のため、当たり前なのが嬉しいところ。
--ただし、今度は現在のように室内で焚いたお香の香りが制服に移り、焚き染めたようになってしまうと、同級生がお香の香りに慣れていないせいか、奇異の目にさらされるのだが。
私立、公立、いずれにせよ全てにおいて自分を受け入れる場所などないことだ。
そう理解している真砂は淡々と制服のブラウスのボタンを止め、スカートを穿きながら登校時に掛けられるであろう質問を想定し、お香の説明を頭の中で考えていた。
多少の煩わしさを感じることはあるけれど、声すら掛けられない孤独を身に染みて知っていたから。