「良かろう。ではそなたに宿題じゃ」
香炉から最後の煙が立ち消える。それを確認した真砂は立ち上がって窓を開けた。
「お客さん」である孫息子(予定)が、向こうにとっては過去にあたるこの現代で姿を現すには、身体の代わりとなる依代を立てる必要があった。
といっても別段特殊な物など要らず、まるでその時の気分で……選んでいるふしも見られるが、ある時は屏風や掛け軸の絵から輪郭を取って抜けだし、またある時は池の波紋から浮かび上がったり、またある時は庭の鉢植えの花を使ってみたりと、その時々にある物を使い現れ出ていた。
今回の依代も似たようなもので、たまたま焚いていたお香の煙が人幅にふわりと広がったと思うと、まばたきをする間もなく孫息子(予定)が現れたのだ。
よってお香が燃え尽きると共に孫息子(予定)も消え去り、同時にそれを察知した自分付きの使用人が現れることがわかっている真砂が、相手にお香のにおいが移らないよう、先を制して窓をあけたのだ。
「姫様」
ことに、障子越しといえども堅苦しい声を掛けてくるこの相手には。
「構わぬ。入りや」
そう言って入室を促すと、声の主は予想通りの人物だった。
失礼致します、そう断りを入れて一礼をして進み寄る男は、すでに真砂自身によって片づけられた様子を見ると、はあ、と小さなため息を吐き、真砂の眉を見事に上げさせた。
「何じゃ。許す。申してみい」
言葉面だけ取れば一族の次期当主である真砂に対し発言を促すものだったが、声にとげが少し残っていたことと、先ほどとはうってかわって顔がそっぽを向いていることから言外に、言えるものならのう、という態度が現れていた。
しかしこれで引くような人間なら、そもそもため息など吐かないもの。男は、では、と前置くと、つらつら苦言を呈し始めた。
「では姫様に申し上げます。いかに御令孫といえど、かように便宜を図られ続けることはいかがかと」
日頃の無口、無表情ぶりはどこへやら。実に見事な小言っぷりである。
「恐れながら申し上げます。姫様におかれましてはまだまだお若うございます。いずれお迎えいたします御令婿におかれましても同じことが申せましょう。ならば御令孫におかれましても、かの君お一人であられる可能性は低いのでは?」
「そうじゃのう」
なおかつその指摘の正しさには苦笑をこぼすほかにない。
真砂はわずかな間を置いて、よけていた視線を男に戻し、提案を出した。
「……そうであろうの。では良い。そなたに宿題じゃ」
そう言い放つと、年頃の娘らしい声を上げ、真砂はじっと男を見詰めた。
「確かにそちの申す通り、遠き未来において、孫はあれ一人ではない。ならばなぜあれのため、かくも少なき己の時間を割いていようか。あれの願いを叶えんと、一族の外でもあれこれ動いていやるのか」
この宿題が解けたらそなたの願いもきいてやろう。のう?
その真砂の返しに男は目を開くと、是非を残さず去って行き、男の様子を見守っていた真砂はとろけるような笑みを浮かべ、うっそりと窓から覗く月を見上げた。
(文字数の都合で作者の携帯端末では編集ができなくなるため、前後にわけさせていただいたのを元へ戻させていただきました。申し訳ありません)