閑話その3 「知らないよ、そんなの!!」
友達その2 しづか(でもこの時はまだ違うかも?)
この国に慣れるため、まず可能な限り母国語を使ってはならない。
そう堅く戒められた母親との約束をしづかは思わず破ってしまったが、同時にこれは大目に見てもらえるだろうとも思っていた。
いつもなら授業前のお喋りに湧いている教室が一気に静まっている。なおかつその教室中の視線が全て自分に浴びていることもしづかは感じ取ってはいたが、今は母国語の習得者が皆無であることを今はプラスに捉えて問題となるであろう部分だけに母国語を使用し、張本人の真砂へ問いかける方が先だった。
「OK,真砂。もう一つ、聞く、ます、けど、nieto(西語:孫)が、何ですか?」
正直日本語に直すの面倒くさいなあ、西語が駄目なら英語でいいんじゃね? 日本もグローバル社会になりつつあるってこないだニュースで言ってたしなあ、などとあれこれ現実逃避をしつつもどうかさっきの発言は日本語の能力が怪しい自分の聞き間違い、あるいは空耳であって欲しいと神社、寺、はては自分の誕生日の守護聖人にまで祈りを立てていたが、これまでの人生経験の通り現実は全くもってシビア極まりないもので。真砂の発言はさっきと全く変わっておらずに、
「では繰り返すぞ。孫というものをそなたはどう思うておるかえ?」
しづかの祈りもむなしく……こうして同じ質問を繰り返されるのだった。
そもそも転校生である自分の面倒を見るように担任の教師から頼まれたのは、真砂ではなく真砂の友人のときこだった。
よって真砂とはときこを通じて親しくなったのだが、しづかの日本語が怪しいことと真砂が寡黙……とまではいかないが、それほど喋らないことから自分とときこと真砂の三人でいる時は主に自分とときこが西和・和西辞典を挟んで喋る中でたまに真砂が言葉を漏らし、それを拾ったときこが真砂に答え、自分に説明するという流れだった。だから他のクラスメイトに用を頼まれたためにときこが去って行ってものんびりと戻るのを待っていたし、その間に真砂は喋らないものと油断しきって自分の西和辞典を閉じ、ついでにときこの和西辞典も閉じさえした。
なのに。--ああ、それなのに!!
孫をどう思うのか、だって!?
「I don't know!!」
思わず最初に覚えた外国語だった英語を使いながら、今までときこが真砂の通訳のような真似をしていた理由と、--こんな珍妙な人間がいる国で本当にやっていけるのかと自分の将来についても大いに疑念を抱き、かつ、転校以来最大級に教室内の耳目を掻き立てまくってしまっていた。