「いや、むしろ今だからだろ」
縁側を上がり障子を抜けると真砂の私室へ入る。
床の間に飾り棚までしつらえられた典型的な和室には文机といった基本的な調度品を除くと呆れるほど物が無い。持ち主を知らない人間などは女子高生どころか思わず隠居の部屋かと勘違いをしてしまいそうな詫びしい有様だった。
--もっとも、そういう人間が真砂の部屋への入室を許されるはずがないのだが。
ともあれすでに何度か訪れている孫(予定)にとっては目新しい物など何もないため、適当にくつろいでいるかと思いきや。
「--あれ」
「何じゃ」
突然上がった声に部屋の隅でお茶を淹れていた真砂は手を止め振り向いた。
「いや、掛け軸。床の間の」
「床の間かえ?」
何ぞそなたの目を引くような物があったかのう、と首を傾げる真砂は孫(予定)の掛かってるじゃねーか、という指摘にいぶかしみながら視線を向けると、
「……掛かっておるのう」
言外に困惑を深めながら、いつの間にか変えられていた滝の絵の掛け軸にさらに首を傾げた。
日本画の題材として滝は珍しくなどないし、実際に何点も所有している。
ただ滝の雄大なイメージから掛けられるのは主に男性の部屋、あるいは客室に限られているため、女性である真砂の部屋へ掛けられたことは一度も無かった。
「誰? コレ掛けたの」
「心当たりはあるが……」
さらに口を濁す祖母へ、
「いや、むしろ今だからだろ」
とずばっと言い放ち、
「とりあえず祖母ちゃん、茶」
そろそろ渋くなる頃じゃねーの、と指摘をし、
「おお、そうであった」
祖母を戻らせた上でさらに背を向け、唇だけで言葉を続けた。
機が熟したな、と。