戸惑うほどの嫌悪
緋絽です!
異世界へ来て3日目、俺達は朝飯を食べていた。
しかし、元の世界では毎日のように学校へ行っていたからか、こうも遊んでばかりいると居心地が悪い。
何もしなくてもいいというのもなかなか考えものだ。
目の前に置かれているパンだけど中がスカスカのものに肉を詰め込む。
昨日これが出てきた時は半分に割って中にものを詰め込むものだとは知らず、そのままかぶりつき、拍子抜けしてしまった。
慌ててカウジェさんの奥さんが食べ方を教えてくれた。
うん。異世界だという考えは絶対外れていない気がする。
「ごちそうさまでした」
手を合わせて軽く頭を下げる。
「ごちそうさまでした?別にごちそうじゃなかったじゃない」
シリティアが不思議そうに首を傾げた。
昨日の朝、朝飯の時に紹介された時点ですでに夕花と打ち解けていた。
後でこっそり夕花が、「驚くほどのツンデレだ」と教えてくれた。
「ヒロト、どういうこと?」
と言ってからツンと顎を上げた。
「べっ別に知りたいわけじゃないんだからね!!」
「はいはい。教えさせていただきますよ、シリティア」
「早く!!」
紘斗、と言いにくいのか、ヒロトとなってしまっている。
聞けば、夕花はユーカ、秋弥はシューヤになるらしい。
「俺達の住んでた国の挨拶みたいなものかな。どんなに飯が質素でも、食べ物への敬意を示してるんだ」
「そうなの」
うんうんと納得したのか小さく頷く。
片づけ始めた奥さんのところへ食器を運ぶ。
「あの、手伝います」
秋弥が腕捲りをしながら言った。
「大丈夫よ、知らない場所に来てまだ落ち着かないでしょう。村を回っていろんな場所を見てらっしゃい。良くも悪くもこの村は広いから、まだ回りきれてないと思ってるのだけど」
「そうですけど...でも」
「置いていただいているのに何もしないというのは...」
夕花が後ろから食器を運んできた。
それを受け取って奥さんが微笑みながら夕花を撫でた。
おぉ超綺麗。神々しくも感じそうだ。
「ニホンは働き者の国なのね」
そっと背を押されて促される。
「...すみません」
外に出ると昨日の子供達が昨日と同じ場所でチャンバラをしていた。
てか、ちょっと思ったけど、チャンバラってこっちでも同じようにいうんだな。
「あっ兄ちゃん達じゃん。弱かった」
「弱かった言うな!!」
子供相手に本気出せるかよ、とふてくされたように呟く。
まぁ、秋弥は子供好きだからな。
「今日も家抜けてきた!!」
男の子が天真爛漫に笑いかけてきた。
「兄ちゃん達悪い人じゃないって言ってるのにさぁ、母ちゃん近寄ったらダメ!!って言うんだぜ?意気地がねぇよなぁ」
「そ、そうか...な...?」
うわぁ地味にショック。俺達なんかしたかなぁ。
顔に出てたのだろうか、夕花もわりと顔を堅くして背を叩いた。
「仕方ない。人間は、自分達と異なったものを恐れるんだ。ある意味、本能に沿った行動だ」
「そうだよな...」
「ショック...」
「遊ぼうぜ!!」
木の棒を渡される。きちんと剣の形になっていて柄の部分に奇妙な文様が並んでいる。
「これ何?」
「何って俺の名前だけど?」
「えっ文字なの!?」
「はぁ?」
なんということだ!!言葉は喋れるけど文字は読めないのか!!
驚くべき発見!!
「...てっきり文字も読めるかと思ってたが...」
夕花も驚いた顔をしている。
「どれをどう読むんだ?」
「兄ちゃん達...文字読めないの...?」
同情したような温かい目で見られる。
いや、あの、違うよ?勉強できなかったわけじゃないよ?
文字を上から差して男の子が名前らしいそれを読んだ。
「ゼ、ファ、ロ、ス」
「そうなんだ...。あ、てことはお前の名前ってゼファロスなんだ」
「そう」
「よろしくなーゼファロス」
秋弥が手を差し出す。
「?何?」
「あれっ握手の文化ってないのか?」
「握手?」
「仲良くしようぜーってすること」
「に、握ればいいの?」
「うん」
ゼファロスが手を伸ばして握ろうとした時───大きな怒鳴り声と悲鳴の混じった声が聞こえて思わず身をビクリと跳ねさせた。
「うちの子に触らないで!!」
「えっ...」
髪を後ろでまとめて白いバンダナのようなものを巻いている人がゼファロスを俺達から引き離した。
周りに群がっていた子供達も親に引っ張られて俺達から距離をとられている。
「昨日も勝手に遊びに行ったと思ったら!!黒髪の奴らと会ってたのね!!」
「母ちゃん、だって悪い人じゃないし...」
「それがあいつらの術だったらどうするの!!村の占術士様のところへ行って診てもらわないと...!!」
「ヤダよ!!あいつ胡散臭いじゃん!!」
「口答えしないの!!あんたは明日から遊びに行かせませんからね!!」
「あの...」
それはさすがに罰が厳しいだろう。
そう思って制止しようと手を伸ばす。
「来ないで!!」
ゼファロスをかき抱いて母親が必死の形相で拒絶した。
その嫌悪の強さに戸惑う。
本当に、俺達なんかしたんじゃないだろうか。でもこの村の人達とはほぼ絡んでないし、何かしたならさすがに気付くと思う。
「あ、あの...」
ぐっと肩を掴まれて振り向くと夕花が形のいい眉を顰めて不快そうな顔をしていた。
「夕花...」
「あたし達が何かしたか?」
げっ夕花がキレた。
こめかみに青筋がたっている。
「それは...っ」
「何かしていたのなら是非教えてほしいものだな。こちらには何かした覚えがないんでな、何故そこまで忌み嫌われているのかわからない」
「あなた達が黒髪だから...っ」
「生まれつきのものをとやかく言われても困るな。それで?黒髪だからなんだというんだ?」
「...魔族かも...しれないからで...っ...」
「ゆっ夕花っ落ち着けっ」
秋弥が夕花の肩を掴むと煩わしそうに振り払った。
僅かに肩が震えている。
「かもしれない?確かではないのにこんな態度をとるのか?」
「......」
「あたし達はあなた達と同じ人間だ。まさかあんな行動をされて何も感じないなんて思ってないだろうな?」
決して荒げてはいないのに、強い怒りを感じて驚く。
そうだ。夕花は確かでも確かでもなくても、誰かを本気で傷つけたり、傷つけられるのを嫌うのだ。
ならば───この人の言葉は許せないのだろう。
「...それは...」
夕花の歯軋りが聞こえるような気がして再び夕花の肩を掴んだ。
「夕花、落ち着け」
夕花が強く指を握り込む。強く握り込みすぎて手が白くなった。
「───何やってんだよ姉さん...」
「ブルータス...」
この間の青の髪の男がゼファロスの母親に向かって溜め息をついていた。
「今のは姉さんが悪いよ」
「でも」
「化け猫を追い払ってくれたのはこの子達なんだよ。恩人にこんな態度をとるのはおかしいよ」
「......」
「そうだぞお前達」
「あなた!!」と言う声が周りで広がる。
見渡すと村の男達が自分の家族をたしなめているのが見えた。
「自分が何もしていないのに周りに姉さん達のような態度をとられたら傷つくだろう?」
「...そりゃ...」
「姉さん達はそれを今この子達にしてたんだぞ」
「あ...」
気まずそうにゼファロスの母親が俯く。
「お嬢さんが怒るのも頷けるだろ?」
「...えぇ...」
「第一危険な奴らを村長が外に出すわけがないさ」
「...そうよね」
ゼファロスの母親が俺達に向き直って頭を下げた。
「ごめんなさい、酷いことをあなた達にしてしまったわ」
大人の女性に対等な位置で頭を下げられて戸惑う。
「いや、あの、大丈夫ですから」
「そ、そうっすよ。な、夕花!!」
「...まぁ、謝ってくださったのに許せないほどあたしは子供じゃないので...」
夕花が笑う。
「じゃあ母ちゃん、俺、罰無し!?」
「そうよ」
「やった!!」
ゼファロスが喜んで秋弥の手を引っ張る。
「遊ぶぞー!!」
「お、おー!!」
ようやく村に溶け込めた、晴れた日だった。
次、夕さん!