俺達の憂鬱
緋絽です!
最近、身の回りがやけに静かだ。
いや、それはとても喜ばしいのだが、歩く騒音がいなくなったらなったで何やら変な感じだ。
それはみんなも同じなのだろう。
シリティアがベッドの端に座って窓の桟に肘をついて溜め息をつく。
今日は纏めていない髪がさらりと揺れた。
それを慰めるように紅葉が背をさする。
夕花が眉を顰めて壁にもたれている。
「なーんか変な感じだよなー」
秋弥が胡座をかいたその脚に肘をついて言った。
うん。わかるぜ。急にイヤホン外された気分だよな。
「何があった…ヨイチ…」
───そう。あれから3日。
シリティアが馬から落ちそうになったあの日以来、ヨイチは俺達の前に姿を現していない。
途中でベンタスを止め、引き返していた俺達の前に、ゆっくりとヨイチはベンタスに乗ったまま歩み寄ってきた。
顔面蒼白になって震えているシリティアの肩を抱いて険しい顔をしていた。
『……ヨイチ…』
ハッと我に返って、弾かれたように顔を上げた。
『シリティア、怪我は?』
ヨイチがシリティアに優しく問いかける。青ざめながらもシリティアが首を横に振った。
『……そっか…よかった…』
ヨイチが小さく笑う。その笑みが、どこか自虐的に見えたのは、今思うと気のせいではなかったのだろう。
『シリティア、僕のベンタスは今少し興奮してるんだ。多分、大丈夫とは思うけど、念の為あいつらのベンタスに乗ってほしい。平気?』
シリティアが頷く。
ヨイチが先に降りてシリティアが降りるのを手伝った。───その時。
『うっ…』
シリティアを支えたヨイチが呻き声を上げた。シリティアを降ろすと数歩後ろによろめく。
『ヨイチ?』
『…な、なんでもな…』
ヨイチが唇を噛む。
尋常な様子ではない。秋弥もシリティアもそれに気づいてヨイチを訝しむように見た。
『おい…』
何があったと訊こうとして、気づいた。
片腕と、その腕を押さえた手が震えている。押さえられている腕は赤く見ていて痛いほどに腫れていた。
『お前…これ…!!』
『紘斗?』
秋弥には見えていないのか不思議そうな声を出した。
これ、絶対に骨が折れている。───もしかして、ベンタスにやられたのか?
『なんでもない!!さっさとシリティアを村長のところへ連れて行けバカ!!』
ヨイチの台詞に気付いたのか秋弥がシリティアに手を貸して自分のベンタスに乗せた。
『ヨイチ、お前…』
『行け!!シリティアにもしものことがあったらどうするんだ!!』
秋弥が口を噤んでベンタスの横腹を蹴った。
段々離れていく秋弥達をしばらく見て、ヨイチの方を向く。
向いてから───ギクリとした。
さっきまで立っていたのに、膝をついて、荒い息をしていた。体全体が大きく震えている。
『お、おい…』
俺の言葉にも反応せず、強く赤く腫れた腕を握った。
青ざめて、虚ろな目。
もしかして、これは相当酷いのではないだろうか。聞いたことがある。折れた部分は、少し動かすだけでかなり痛いのだと。
添え木を探して適当なものを見つけると衣服を裂いた。
すみません、カウジェさん。緊急事態です。いつか、ごっそり返します。
細く切るとヨイチの腕に慎重に触れる。
『───っ!!』
ビクリとヨイチが体を揺らして俺を見る。
その目に、腕だけじゃない、それ以外からの痛みを見た。
『じっとしてろ』
『…な、何…を…』
『応急措置だ。村に戻ったらちゃんと手当てを受けないと…』
添え木を当てて即席の包帯で縛る。時折ヨイチは呻き声を上げていた。
『これでよし…。立てるか?』
『……あぁ…』
『これからは歩いて帰るしかなさそうだな』
俺の言葉にヨイチが反応する。
『どうして?僕は平気だ、ベンタスに乗れる』
『寝言は寝て言ってくれ』
『はぁ!?』
自分の声が響いたのか僅かに堪えるように眉を寄せる。
『いいから、歩くぞ』
やはりただの強がりだったのか黙って付いて来た。
しばらく歩いていたが、俺達に会話はなかった。
『……何があったか知らないけどさ』
俺は歩く騒音がやけに静かなので、さっきの、痛みを堪えているような目を思い出した。
なので、つい、励ましてしまった。
『そんなに考えこまなくてもいいと思うぜ』
『……僕は約束を守れなかった』
『え?』
『………守るって、言ったのに』
その言葉につい足を止める。
こいつは、そんなことを気にしているのか。俺なら、腕が折れた時点でお互い様だと思っているだろう。
『ヨイチ…』
俺の言葉に反応せず、ヨイチは歩いていってしまった。
───それから3日、ヨイチは姿を見せていない。一度もだ。
ふうと夕花が溜め息をついた。
「ここにいても仕方ない。行くぞ」
「行くって…どこに?」
紅葉が躊躇いがちに夕花に尋ねる。
「ヨイチのところだ」
次は夕さん!