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スラムドッグハート  作者: 橋本洋一


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6/8

ジョンの覚悟

 数日過ぎて包帯が取れて動けるようになった頃、主人であるヨーゼフさまが屋敷にお戻りになられた。今回のドラゴン騒動を受けてのことだった。

 

 お忙しいと聞いたのでご挨拶できるか分からないなあと考えていると、ご主人さま自ら僕の部屋にやってきた。しかも誰も引き連れずにひとりだけで。


「こ、これはご主人さま! お出迎えもせず申し訳ございません!」

「いいんだ。知らせる間も惜しくてね。ジョン、君に訊きたいことがある」


 このとき、僕はお嬢さまに頼まれてグレイ用のボールをこしらえていた。噛んで駄目にするので数個あったほうがいいとおっしゃられたからだ。僕は意外と器用らしく、前に作ったときはお嬢さまとグレイが満足いく出来だった。


 僕はすぐさま立ち上がった。

 椅子を勧めるけど、ご主人さまは首を振った。


「訊きたいこととはなんでしょうか?」

「あの紋章が再び浮かんだようだね。そのときの状況を詳しく知りたい。教えてくれないか」


 いつものにこやかな笑顔ではない。

 おそらく重大な事件になりつつあるんだろう。ウェスタウンだけじゃない、アークス王国を揺るがすほどに。


 僕は記憶を総動員してできる限り分かりやすく説明した。とは言っても拙い言い方だとは思う。僕だって理解が追いついていないから。


「つまり、グレイが巨大化した理由は、敵を目の前にしたから⋯⋯になるのか」


 赤い口髭を触りつつ静かに考え出すご主人さま。

 邪魔してはいけないと僕は黙って待った。


「もう一つ気になることがある。ドラゴンの火球が紋章に吸い込まれた⋯⋯目撃した衛兵がそう証言していた。間違いないかい?」

「はい、間違いありません」

「ふむ⋯⋯もしかすると⋯⋯いや、判断が早いか」


 ご主人さまの中である程度結論づけたみたいだ。固かった表情を緩めていつもの笑顔に戻る。弛緩した空気が漂う。


「よくドラゴンと戦って生き残れたね」

「僕はあたふたしていただけで、グレイがやってくれました」

「過度な謙遜はよろしくないよ。ま、あのドラゴンは低級だったからね。火球もさほど威力はなかった」

「運が良かったんですね」


 ご主人さまは部屋を歩いて窓際に立った。

 そこからはちょうどお嬢さまがグレイと遊んでいる姿が見えた。

 僕もご主人さまの近くに寄り言葉を待った。


「ここからは独り言なんだけどね」


 ご主人さまは僕だけ聞こえるような小さな声でボソリと言った。

 独り言なので僕は返事をしなかった。


「マリアは私の大事な娘だ。この街で安全に生活するだけじゃない、健やかに恵まれた人生を歩んでほしいんだ」


 その言葉は真実なのだろう。

 窓からお嬢さまを見る目は優しさに満ちあふれていた。僕には経験がないけれど、親子の愛情を感じる。


「ジョンはマリアの大事な友達だと思っている。同じように危険な目に遭ってほしくないのだけれど――そうは言ってられない」


 ご主人さまが何をおっしゃりたいのか、僕はなんとなく想像がついた。

 ローズホーンズ家の従士見習いとして生きると決めたときから、あるいは右手に紋章が浮かんだときから、僕の道は決まってしまったのかもしれない。


「ご主人さま、僕も独り言を言ってもいいでしょうか?」


 ご主人さまは黙って頷いた。

 卑怯とは思わない。

 貴族として、一家の主として当然の決断だと、一年間の教育で分かってきた。


「僕は覚悟を決めています。ご主人さまのご命令ならば、なんでもいたします。ただ気がかりなのは⋯⋯お嬢さまの説得ですね」


 ご主人さまは苦笑いした。

 そればかりは勘弁してほしい。

 口に出さないけど、そう思っているはずだ。


「……頼めるかな?」

「それは独り言ですか? それとも命令ですか?」

「ちぇ。ホーデンの奴、柄にもなく相応過ぎる教育をしたなあ」


 それは僕とホーデンさんにとって最大級の褒め言葉だった。

 僕は頭を深々と下げて応じた。



◆◇◆◇



「絶対だめ! 反対なんだから!」


 屋敷の大広間。

 案の定、お嬢さまが猛反対している。

 しかもかなり怒っていた。

 こんなに大声で喚くお嬢さまを僕は初めて見るかもしれない。


「まだ子供でしょ! それなのに従士になって戦場に行くって! 訓練も受けてないのに!」

「いえ、半年の新兵教育は受けさせてもらえます」

「ホーデン! それって長いの短いの!?」

「比較的短いかと。しかしお嬢さま、これはご主人さまの決定でございます」


 この場にはお嬢さまの他にホーデンさんがいるけど、困った顔をしている。


「いくらお父さまの決定でも従えないわ! ジョンを追い出すなんて!」

「追い出すだなんて……いずれ戻ります」

「いずれっていつなのよ!」


 ご主人さまはこうなることが分かっていて不在だ。

 貧乏くじを引かされたというか、素直に嫌な命令だと思う。


「お嬢さま。具体的な日付が分からないから、いずれ、なんですよ」

「その子供をあやす言い方やめなさい!」


 最大限、優しい言い方をしたけど、それも逆効果のようだ。

 それにこれ以上、誤魔化しは効かないと思うし……


「僕が戦場に行けばトリメント帝国との戦争を有利にできると、ご主人さまはお考えのようです」

「ふざけないでよ! ジョンひとりが加わったところで、勝てるわけないじゃない!」

「実際、ドラゴンを倒しましたよ。それに僕だけではなくグレイも一緒です」

「でも大怪我したわ……」


 お嬢さまは俯いてしくしくと泣き始めた。

 こうなると僕も弱い。

 ホーデンさんに助けを求めると、やれやれとばかりにため息をつかれた。


「お嬢さま、これ以上ジョンを困らせないでください」

「…………」

「お気持ちは分かりますが……兵士十人でも敵わないドラゴンを、ジョンとグレイは倒したのです。それがアークス王国の重要な戦力となるのは自明です」


 お嬢さまはぽたぽたと涙を流して「でも、でも……」と呟く。

 ああ、どうすればいいんだろう。


「何を泣いているのマリア。男が戦場に行くのよ。誇らしく見送りなさい」


 大広間の扉が勢いよく開いた――そこには奥方のエリザベスさまがいた。

 ご主人さまと共に行動しているからいてもおかしくないけど――睨まれた。

 やっぱり僕は好かれていないらしい。

 まあ浮浪児だったから仕方ないけれど。


「お母さま! それでも、私は――」

「そこの子はあなたのなんなの? まさか、友達とでも言うつもり?」


 極寒のような言い様に怯んだお嬢さまだけど、すぐさま「そ、そうです!」と力強く答えた。

 すると奥方さまは「違うでしょ」とすげなく返す。


「ただの従士見習いの子供よ。あなたとは釣り合わないわ」

「違います! 私の友達で、命の恩人です!」

「一年も前じゃない。それにこの屋敷に住まわせてあげているのだから、十分返したと考えられるわ。むしろ戦場に行くことで負債を払ったとも言えるでしょ」


 悔しそうに唇を噛み締めるお嬢さま。

 そこへホーデンさんが「奥方さま、それはあまりにも……」と助け船を出した。


「なによホーデン。あなたはそこの子を戦場に行かせるのに賛成だったわよね」

「ご主人さまのご命令ですから。それでもお嬢さまに手心をかけてもらえれば……」

「甘やかさないで。そんなんだからローズホーンズ家の当主の決定に異を唱えるなんて蛮行をするのよ……分かっているの!?」

「……はい」


 唐突な怒りにホーデンさんは何も言えなくなった。

 また口を開こうとしたお嬢さまに「あなたのわがままで大勢が困っているわ」と奥方さまは冷たく言い放った。


「ヨーゼフはもちろんのこと、ホーデンや私も付き合っているのよ。なんで娘と話すのに声を荒げないといけないの? それに一番困っているのはそこの子よ」


 お嬢さまはハッとして僕を見た。

 僕もお嬢さまを見た。

 大切なおもちゃを取り上げられた子供のような切ない表情だった。


「そこの子のほうが大変じゃない。今までの暮らしを捨てて厳しい訓練を受けるのよ。それにマリアと別れるのが一番つらいことでしょ」

「そう、なの、ジョン……?」


 このとき、ホーデンさんの忠告が頭に浮かんだ。

 ――迷ったら言うべき、だと。


「……この屋敷での暮らしは、裏路地で暮らしていたときと比べものになりません。暖かいベッド、美味しい食事、最高の教育。どれも素晴らしいものです」

「だったら、なんで、行っちゃうのよ……!」

「それよりも大事なものがあるからです」


 涙を流すお嬢さまの頭の中は疑問でいっぱいだろう。

 だけど僕には一つの答えがあった。


「僕はこの国――いえ、お嬢さまを守りたい」

「……えっ?」

「トリメント帝国の兵士にさらわれることなく、ドラゴンの襲撃に怯えることなく、お嬢さまが安心して幸せに暮らせるようにしたい。そのためなら戦場に行きます」


 それが理由だった。

 ご主人さまが望むことは僕も同じように望んでいた。

 確かにこのままお嬢さまと暮らす日々は楽しいだろう。

 しかしそれを阻むものがあるならば、打破していきたい。


「分かってください、お嬢さま」


 僕はお嬢さまに跪いた。


「必ず平和を取り戻します。そのために戦うんです」


 偽りのない決意を僕は堂々と言った。

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